経済思想入門 (ちくま学芸文庫)

 

経済思想の歴史や主張の違いを詳細な説明や図式で網羅した良著

 

本書は前半と後半に分かれており、前半は経済学の歴史を時代に沿って説明している。後半は経済思想をテーマ別に様々な思想を比較検討しながら論じています。内容の特徴としては解説が非常に明快である。特にケネー経済表の説明、リカードの差額地代論の説明、限界革命の説明はわかりやすいと感じた。理解しにくい理論を図式化し、理論の要点を丹念に抑えながら解説しており、経済思想入門として最適ともいえる著書ではないか。

第I部 経済思想の歴史

第1章 市場社会の成立

時代背景―国民国家と市場社会の成立/市場社会の「起源」をめぐる論争/重商主義/文明社会の形成/重農主義

 

第2章 古典派の成立―アダム・スミス

時代背景――重商主義の支配と産業資本家の勃興/労働と価値、富、分業 そして市場/「自然的自由の体系」と重商主義批判/市場社会における同感と徳

 

第3章 古典派の展開―――リカードとマルサス&

時代背景――経済の停滞と階級対立の予感/人口論と賃金生存費說/差額 地代論と蓄積論/マルサスによる批判と後世の評価

 

第4章 古典派の隘路――マルクス

時代背景――階級対立の激化と理想的体制の模索/疎外論、物象化論/剰 余価値論/恐慌論と資本蓄積論/唯物史観とその批判

 

第5章 限界革命と新古典派

時代背景――イギリス自由主義の隆盛と帝国主義の始動/限界革命/新古 典派/新古典派への評価

 

第6章 社会主義経済の可能性をめぐって

時代背景――覇権の交替と巨大組織による経済運営へ/ワルラスの社会主 義/社会主義経済計算論争/社会主義の必然性?

 

第7章 資本主義の変貌――ケインズ

時代背景―株式会社の普及と不況の深刻化/ケインズ 『一般理論』のア メリカ的解釈/IS = LM図式の時代背景/二つの貨幣観とケインズの 経済学/経済における投機の蔓延

 

第8章 消費社会化と市場自由化――市場の高度化と経済思想

時代背景――ケインズ主義の定着と解体、そして消費社会化とグローバライ ゼーションヘ/市場重視への転換/大量消費社会の到来

 

第Ⅱ部 経済思想の現在

第1章 方法について

経済思想と方法論/科学の方法と経済思想/「人々の信念」と経済学/ 経済思想の妥当性と学術集団の権威

 

第2章 制度について

市場と制度――新制度派/制度と信頼/制度のコンベンショナリズム/ 市場とは何か/生産要素の商品化と市場社会の誕生

 

第3章 貨幣について研

通貨論争/貨幣の機能と実体/流動性と不況/貨幣と投機

 

第4章 消費について

消費における形式と経験/消費の社会性/消費の個人性/消費と時間性

 

第5章 企業について 。

取引コストと企業組織/利潤と創造的破壊/企業組織と経営環境/知識 創造の場としての企業/投資と投機

 

第6章

市場と公正 自由と平等/新厚生経済学における公正/リベラリズムにおける公正/ 市場と公正

 

第7章 グローバライゼーションについて*

スミスとグローバライゼーション/自由貿易の是非―リカードとリス ト/企業のグローバライゼーション/国際金融のグローバライゼーション/国際経済機構とグローバライゼーション

 

第8章 経済思想のゆくえ

構造改革と消費不況/欲望拡大の軌跡/経済学における相関的思想の再興へ

 

参考文献

ちくま学芸文庫版あとがき》

索引

松原 隆一郎 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2016/2/9)、出典:出版社HP

 

はしがき

経済思想とは、社会における諸方面の人間の営みに配慮しつつ描いた経済理論のことで ある。

J・A・シュンペーターは大著『経済分析の歴史』で、経済思想とは「一般に経済問題に関し、とくに一定の時と所において公衆の心に浮かび上がっているような、経済問題についての公共政策に関する一切の意見と願望の総称にほかならない」と述べている。彼は続けて、この「公衆の心」は属する階級や集団によって異なっており、それぞれの立場に 愛着を持つ著作家によって「政治経済学」として表現される、とする。つまり経済思想にせよ政治経済学にせよ、著者が属する集団の利害を反映したイデオロギーにすぎない、というのである。そこで彼は、経済思想や政治経済学を脱し「経済分析」に達することで、「科学的な進歩」を果たさねばならないと唱える。

シュンペーターにとって過去の経済思想や政治経済学は、経済分析の端緒となる原初的な認識活動(彼はそれを「ヴィジョン」と呼ぶ)である。さまざまな事実に照らし、また諸概念や諸理論との整合性を図ることで、イデオロギー性を摘み取り科学性を高めていく素材にすぎない。けれども現在の経済分析は、シュンペーターの想定をおそらくは遥かに越えて、専門化・断片化している。諸概念・諸理論との整合性といっても、経済学者が勝手に枠を引いた「経済理論」の内部でのみ検討されるにすぎない。

シュンペーターが『資本主義・社会主義・民主主義』において示したような、経済活動とその外にある官僚組織、政治権力との相関関係などは分析の対象とはされなくなった。あるとしても経済内部、すなわち、「経済活動としての」行政や政治の分析があるだけである。また消費といえば効用関数の 数式として形式的に抽象化されたものだけが議論の対象とされ、流行や社会的価値観との関係は見過ごされている。そうした趨勢から、規制を緩和したりリストラしたり、貨幣供給が増えさえすれば景気が回復するといった、形式論理的もしくは経済分析的には正しくとも現実的には誤った議論が横行している。

たとえばさまざまな調査が幾度も明らかにしているように、日本では一九九〇年代から、戦後では前例のない消費や投資の落ち込みと高水準の失業が生じている。消費支出の減退については、アンケートに対し「将来の雇用不安」を原因として挙げる人が多いが、長期的な総需要不足という現実は、「長期的には市場は均衡する」とか、「経済人は合理的である」といった経済分析の定説からは起こりえない現象であるために、無視されている。シュンペーター風に言えば、公衆の心に巣くう無定見な「経済思想」にすぎないとされているのである。

だが長期的な市場均衡や合理的な経済人という仮説は、理論の要請ではあっても現実そのものではない。理論より重要なのは現実であって、ここでは経済分析こそが自家中毒を起こしている。いまこそ経済分析を人々の日常の営みやそこから生まれる社会 心理、社会におけるその他分野との連関のうちに定位する新たな「経済思想」が求められているのである。

本書は、もともとは経済学の入門書の中の学説史編として企画されたものにもとづいている(第I部)。後にその部分をふくらませて一書とするように企画を変更したために、テーマ別に経済思想を論じる第五部を付け加えることとした。あらゆる社会科学説はシュンペーターの言う「ヴィジョン」に発しているのだから、思想に関して由来を語ってもその現在を描いても、筆者の主観が色濃く残りはする。事実や理論との整合性を検討することも重要ではあるが、筆者の検討が足りない部分もあるだろう。読者諸賢の「ヴィジョン」にもとづく批判を期待するゆえんである。

執筆に当たっては、多くの方の助言を仰いだ。全員のお名前は尽くせないが、同僚である山脇直司教授、ゼミ生である中野剛充・井上彰・湯浅創の各氏からは貴重な指摘を受けた。原谷直樹・権田容子両氏は、データ調べを手伝ってくださった。新世社の御園生晴彦氏には、面倒な編集作業に情熱をもって取り組んでいただいた。家族の幸子と息吹にも仕事時間を融通してもらった。以上、記して謝したい。

二〇〇一年六月

松原隆一郎

 

松原 隆一郎 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2016/2/9)、出典:出版社HP