コア・テキスト経済学史 (ライブラリ経済学コア・テキスト 最先端)

経済学の変遷を一気通貫で学べる一冊

 

本書はではマルクス経済学、ミクロ・マクロ経済学、ケインズ以後の経済学の変遷について幅広く取り上げてられており、中立的かつバランスよく論点がまとめられている。構成としては、重商・重農主義→スミス→マルサス・リガード→マルクス→新古典派→ウェーバー→ケインズ→戦後→現代経済といった構成になっている。本書では、とても平易な文章で丁寧に解説がなされおり、学説の全体像や関わりについて広く学ぶことができる。

編者のことば

少子高齢化社会を目前としながら、日本経済は、未曾有のデフレ不況から抜け出せずに苦しんでいる。その一因として、日本では政策決定の過程で、経済学が十分に活用されていないことが挙げられる。個々の政策が何をもたらすかを論理的に考察するためには、経済学ほど役に立つ学問はない。経済学の目的の一つとは、インセンティブ(やる気)を導くルールの研究であり、そして、それが効率的資源配分をもたらすことを重要視している。やる気を導くとは、市場なら競争を促す、わかり易いルールであり、人材なら透明な評価が行われることである。効率的資源配分とは、無駄のない資源の活用であり、人材で言えば、適材適所である。日本はこれまで、中央集権的な制度の下で、市場には規制、人材には不透明な評価を導入して、やる気を削ってきた。行政は、2年毎に担当を変えて、不適な人材でも要職につけるという、無駄だらけのシステムであった。

ボーダレス・エコノミーの時代に、他の国々が経済理論に基づいて政策運営をしているときに、日本だけが経済学を無視した政策をとるわけにはいかない。今こそ、広く正確な経済学の素養が求められているといって言い過ぎではない。

経済は、金融、財の需給、雇用、教育、福祉などを含み、それが相互に関連しながら、複雑に変化する系である。その経済の動きを理解するには、経済学入門に始まり、ミクロ経済学で、一人一人の国民あるいは個々の企業の立場から積み上げてゆき、マクロ経済学で、国の経済を全体として捉える、日本経済学と国際経済学と国際金融論で世界の中での日本経済をみるそして環境経済学で、経済が環境に与える影響も考慮するなど、様々な切り口で理解する必要がある。今後、経済学を身につけた人達の専門性が、嫌でも認められてゆく時代になるであろう。

経済を統一的な観点から見つつ、全体が編集され、そして上記のように、個々の問題について執筆されている教科書を刊行することは必須といえる。しかも、時代と共に変化する経済を捉えるためにも、常に新しい経済のテキストが求められているのだ。

この度、新世社から出版されるライブラリ経済コア・テキスト&最先端は、気鋭の経済学者によって書かれた初学者向けのテキスト・シリーズである。各分野での最適な若手執筆者を擁し、誰もが理解でき、興味をもてるように書かれている。教科書として、自白書として広く活用して頂くことを切に望む次第である。

 

西村 和雄

井上 義朗 (著)
出版社 : 新世社 (2004/7/1)、出典:出版社HP

 

プロローグ 一経済学史とは何か―

本書は、経済学史の入門的教科書です。これから経済学を学ぶ読者を念頭に置いていますので、経済学の予備知識は必要ありません。経済学の歴史を たどりながら、経済学的な発想の原点に触れてもらうことが、本書のささやかな目標です。この本でご紹介する学説は、経済学の歴史を築いてきただけでなく、いま現在の経済学においても、現役の活躍をしているものが少なくありません。その意味で、本書を少し角度を変えた経済学入門書としても活用して頂けたら、筆者として、これに勝る喜びはありません。

経済学史とは、経済学の歴史を研究する学問分野です。経済学説史、あるいは少し間口を広げて、経済思想史と呼ばれることもありますが、経済学の歴史的足跡を、理論、思想、政策の全般に渡って、できるだけ包括的に検討しようとするのが、経済学史です。経済そのものの歴史を扱う経済史とは学問内容が違いますので、名前はちょっと似ていますが、混同しないようにしてください。

経済学史は、特に日本において活発な研究分野です。もちろん欧米にも、すぐれた経済学史の研究蓄積があります。しかし日本ほど、経済学史を独立した研究分野として進めてきた国はめずらしいと思います。なぜ日本の経済学が、それほど経済学史に強い関心を示してきたかというと、それはやはり、日本の経済学が、欧米経済学の導入(もしくは輸入)から始めざるを得なかったことと関係があります。外国の学説を、それとまったく異なる社会に導入するのですから、それぞれの学説が、どのような経済社会から生まれてきたか、あるいは、どのような思想や哲学を起源にしているかを、きちんと確かめる必要があったのです。それしだいで、学説の理解の仕方、あるいは日本社会への適用の仕方に、根本的な違いが出てくる可能性があったからです。

したがって、経済学史の本来の目的は、経済学の歴史を、単なる知識として蓄えることではなく、むしろ目の前にある現役の経済学説について、それを作った人々以上に、深い次元で理解することにあったのです。もうひとつ、これはある経済学者が言ったことですが、経済学には、画期的な学説がひとつ現れると、それこそ一夜にして、学問全体がガラッと変わってしまう傾向があります。それは、経済学の歴史において、「革命」という言葉が、頻繁に使われていることからもわかります。

しかし、ひとつの学説には、かならずひとつの時代が対応していて、その時代の社会、あるいは、その時代の思想から何らかの影響を受けています。ゆえに、ひとつの学説の影響力が大きければ大きいほど、その学説に固有の歴史的基礎と思想的基礎を踏まえておく必要があるのです。したがって、経済学史とは、経済学の発展の歴史であると同時に、現代の経済学に対する、ひとつの研究姿勢を示すものとも言えます。こうした姿勢は、日本の経済学が、今後世界的な影響力を増してゆくなかで、ますます必要になってくると思います。

 

本書は、このような問題意識を下敷きにして、経済学の歴史をおおむね時代順にお話してゆくものです。経済学史研究は、今日内外ともにさかんですので、その研究領域もますます広くなっています。たとえば、これまであまり検討の対象にならなかった古代や中世の経済的思想なども、いまでは重要な研究テーマになっています。

しかし、経済学の基本は、いま私たちが生んでいるこの経済を解明すること、すなわち、近代資本主義経済の性質明することにあります。したがって、経済学史の主題も、まずは近代社経済学説をきちんと理解することに向けられます。近代社会の経済学として、その第一歩を踏み出したのが、アダムスミスの『国富論』です。「国富論」は、経済社会に対する考え方を、根本から変えました。そしてまた、『国富論」に示された経済把握の方法は、経済学的思考の原型になって、名称こそいろいろに変えながらも、経済学の歴史のなかに、繰り返し現れてくるものになります。これを、スミスに直接つらなる古典派の経済学に限定せず、近代経済学あるいは現代の経済学にも等しく読み取ろうとした点に、本書のひとつの試みがあります。

スミスによって着手された古典期の経済学は、次のリカードの時代において、ひとつの頂点に達します。その際、リカードとマルサスとの論争が、非常に重要な意味を持ちますので、本書もここに重点を置いています。産業革命を背景とするアダム・スミスの時代から、資本主義がほぼかたちを整えるリカード = マルサスの時代にかけて、時の課題がどのように変化し、それを経済学がどのように吸収して自らを発展させて行ったか。第1章から第3章にかけては、こうした経済学と時論的課題との関わりについて、特に注意していただきたいと思います。

古典派経済学から、現代の経済学に直結する、2つの大きな思考が出てきます。ひとつがマルクス経済学であり、もうひとつが新古典派経済学です。本書は、第4章をマルクスに、第5章を新古典派経済学にあてて、それぞれくわしく検討しています。特に、社会主義経済の崩壊以降、マルクス経済学への評価は大きく揺らいでいると言っていいと思いますが、マルクスの思想はやはり人類の重要な知的遺産です。『資本論』の考え方をまったく知らないままでは、経済学的な思考として、致命的な何かを落とすことになると思います。本書で『資本論』のすべてをお話することはできませんが、マルクスの思考のうち、私たちの身近な体験に直接関わってくる部分に重点を置いてお話したいと思います。

新古典派経済学は、いま現在の主流的学派と言ってよい存在ですが、経済理論の教科書等から想像されるイメージとは違い、19世紀末に初めて現れたときは、担わされた歴史的課題においても、思想や方法論においても、無視するには大きすぎる差異を持った、複数の学説群として存在していました。本書は、学史的な観点から新古典派経済学を捉え直すことを目的としますから、あえてその差異にこだわろうと思います。そして、新古典派経済学とはそもそもいかなる目的をもった経済学であったのかを、考え直してみたいと思います。

新古典派経済学が今日のミクロ経済学の母体になったのに対し、マクロ経済学の母体になったのがケインズ経済学です。ミクロ経済学、マクロ経済学と一対で言われることが多いために、新古典派経済学とケインズ経済学の関 係も、仲のよい兄弟のような関係を想像している人が多いと思いますが、実はまったく違うのです。ケインズ経済学はむしろ、新古典派経済学を打破するために出現したものなのです。なぜ、そのようなことが必要だったのでしようか。本書は、ケインズ経済学の検討に第8章をあて、他の章よりも幾分紙幅を取って、その学史的な意義と今日的な意味の両方について考えてみたいと思います。

本書はさらに、この2つの学説のあいだに、第6章と第7章の2つの章を設けています。これは文字通り、2つのピークに挟まれた、中間期の経済思想をお話するためでもありますが、この時期に、市場経済の動態、経済制度 への関心、あるいは戦略的な経済行動といった、ちょうどいま経済学の最先端にあるテーマと重なる内容の議論が、やはり同時期に発生しているという興味深い事実に若干の光をあてることも意図しています。また第6章の「ウェーバーとシュンペーター」は、経済学史の教科書としては、やや異色な取り合わせですが、社会科学の転換期に遭遇した2人の巨人を比較してみることで、社会科学が「近代」という時代をどのように「総括」しようとしていたかを、あらためて考えてみたいと思います。

本書の試みをもうひとつあげるとすれば、戦後の経済学、つまり現代の経済学に3つの章をあてていることです。戦後の経済学は、通常は経済学史の 対象とはされないのですが、経済学史と現代経済学を切り離さないという本書の方針に従って、あえて取り上げることにしました。もちろん、マクロ経済学(第9章)、ミクロ経済学(第10章)、あるいは現代経済学(第11章)の内容を、そのままお話するのが目的ではなく、それら現役理論の隠された一面に、学史的な観点からの検討を加えることが目的です。

以上が本書の概要ですが、本書は、経済学の歴史について、網羅的な知識を提供するものではありません。むしろ、各章とも内容を思い切り絞り込んで、特に重要と思われる部分について、なるべくくわしくお話するかたちをとりました。そのため、割愛せざるを得なかった部分も多く、特に、資本理論や貨幣理論に関する学説は、かなり割愛せざるを得ませんでした。これらについては、各章末に若干の参考文献をあげましたので、それらを参照していただければと思います。

本書は、新世社の「ライブラリ経済学コア・テキスト&最先端」の1冊として執筆したものですが、当初お話をいただいたときは、比較的はやく出来上がるものと思っていました。ところがいざ書き始めてみると、これまで経験したことのない難しさに、呆然とすることしばしばでした。そもそも経済学史の通史を単独で執筆するのも初めてなら、全文を「です・ます」体で書くのも初めてでした。話し言葉と同じ調子で…などと考えたのがまちがいで、 文章としては、「である」体よりもはるかに難しいことを痛感しました。

そのため当初お約束していた期日を、いささか気恥ずかしくなるほど過ぎてしまったのですが、言い訳ばかりしている筆者を、この間ずっと励まし続けてくださった新世社編集部の御園生晴彦氏、また編集作業を担当された安原弘樹氏には、筆者として感謝の言葉もありません。記して感謝申し上げます。

冒頭にも申し上げましたが、経済学史はあくまで経済学の歴史です。経済学史を通して、読者の皆さんが、経済学という学問を少しでも、興味深い学問に思って頂ければ幸いです。

2004年3月

井上 義朗

* なお本書の内容は、2002年度中央大学特定課題研究費からの助成研究に一部基づいています。

 

井上 義朗 (著)
出版社 : 新世社 (2004/7/1)、出典:出版社HP

 

目次

 

1 重商主義と重農主義

1.1 はじめに

1.2 重商主義とは何か

1.3 重農主義とは何か

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2 アダム・スミス 古典派経済学の形成

2.1 はじめに

2.2 『国富論』の体系

2.3 富とは何か

2.4 富と分業

2.5 市場の規模と資本蓄積

2.6 重商主義と自由主義

2.7 『国富論」に学ぶもの

■文献案内

 

3 マルサスとリカード 古典派経済学の確立

3.1 はじめに

3.2 マルサス人口法則と私有財産制

3.3 穀物法論争

3.4 リカード差額地代論と資本蓄積

3.5 古典派と歴史学派

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4 マルクス経済学

4.1 はじめに

4.2 労働価値説とは何か

4.3 剰余価値の形成

4.4 剰余価値の拡大

45 資本蓄積論

■文献案内

 

5 新古典派経済学

5.1 はじめに

5.2 新古典派経済学とは何か

5.3 水とダイヤモンドのパラドックス 限界効用理論の基礎

5.4 メンガーの効用価値論

5.5 ワルラスの一般均衡理論

5.6 マーシャルの動態的市場理論

5.7 大陸の新古典派とイギリスの新古典派

■文献案内

 

6 ウェーバーとシュンペーター

6.1 はじめに

6.2 資本主義のエトス

6.3 資本主義は「鉄の檻」に囲われる

6.4 資本主義のダイナミズム

6.5 資本主義は成功するがゆえに消滅する

■文献案内

 

7 市場と制度

7.1 はじめに

7.2 完全競争論

7.3 不完全競争論

7.4 独占的競争論

7.5 寡占論と価格理論の転機

7.6 制度への目線

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8 ケインズ経済学

8.1 はじめに

8.2 なぜ失業者が現れるのか―新古典派の考え方

8.3 なぜ失業者が現れるのか、ケインズの考え方

8.4 有効需要の原理

8.5 消費、貯蓄、乗数

8.6 投資と利子

8.7 流動性選好説

8.8 ケインズ政策とは

8.9 ケインズ経済学の思想

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9 戦後の経済学 (1) マクロ経済学の展開

9.1 はじめに

9.2 経済成長論(1) ハロッド=ドーマーモデル

9.3 経済成長論(2) 新古典派モデル

9.4 赤字財政批判・マネタリズム・合理的期待

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10 戦後の経済学 (2) ミクロ経済学の展開

10.1 はじめに

10.2 基数的効用理論から序数的効用理論へ

10.3 一般均衡理論とパレート最適

10.4 市場と競争

10.5市場の失敗

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11 現代の経済学

11.1 はじめに

11.2 ゲーム理論と新制度主義

11.3 経済の変化と進化

11.4 競争と資本

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経済学史の学習をさらに進めるために

索引

 

(出所) 第1章~第10章の飛部分に掲載した人物肖像は以下による

  1. Blaug (1985). Great economists since Keynes : an introduction to the lives & works of one hundred modern

economists. Brighton、 Sussex : Wheatsheaf. M. Blaug (1986)、 Great economists before Keynes: an introduction to the lives & works of one hundred great

economists of the past. Brighton、 Sussex : Wheatsheal.

 

井上 義朗 (著)
出版社 : 新世社 (2004/7/1)、出典:出版社HP