日本経済史おすすめ本 – 日本経済のたどってきた航跡から現在を知る

日本経済はどのように変化したのか?

世界第 2位の経済大国まで一時は登りつめた日本は、1991年以降、長期にわたる停滞と低迷に苦しんでいます。現在、日本ではの長期的な経済成長減速、人口減少、高齢化社会に直面し、戦後は社会、政治の変革を経験しております。長期にわたる経済的不振の代償、日本のバブル崩壊後の失敗からの教訓などの経済の歴史を紐解くことで、現在の日本の労働・経済市場が直面している問題も浮き彫りになる、そのような日本経済の歴史を振り返られる書籍を紹介します。

 

日本経済史1600-2015:歴史に読む現代

はじめに

本書の前身である『日本経済史1600-2000—歴史に読む現代―』が刊行されたのは2009年であった。以来,同書はわかりやすい日本経済史のテキストとして評判を得,全国の数多くの大学でテキストとして採用されて増刷を重ねたが、この書の記述範囲は,書名の通り2000年まで、すなわちバブル崩壊後10年の,「失われた10年」と言われた頃までであった。

しかし,その後の日本を取り巻く経済の変化は目まぐるしいものがあった。2001年から2006年までの長期にわたった小泉政権により「小さな政府」論に基づく構造改革が行われたが,景気回復の実感が得られないまま,日本は2008年,アメリカ発で世界を巻き込んだリーマン・ショックのあおりを受けて大きな不況に見舞われ、「失われた10年」は「失われた20年」と言い換えられるようになった。さらに2011年には東日本大震災という未曾有の災害に襲われ、景気の低迷がさらに長引くこととなった。その後の2012年に成立した安倍政権は、大胆な金融緩和と積極的な財政出動により景気回復と経済成長を目指しているが、財政健全化という課題を残したまま今日に至っている。

こうした新たな経済動向をテキストに反映しなければならなくなった一方,この間の日本経済史研究の進歩もまた著しいものがあり,それらの成果をも組み込む必要が生じてきた。また,各時代ごとの問題がいかに現代と繋がっているかということも、より強く読者に訴えるべく,このたび,全体を見直して内容の補筆修正を行うとともに、新たに第1章~第5章の章末に(第1章・第2章分はまとめて第2章末に)「歴史に読む現代」と題した1節を加え,第6章に関しては,2000年以降に関する節を章末に加え,書名も「日本経済史1600-2015―歴史に読む現代―」に衣替えして、本書の刊行に至ったのである。

ここで、我々共著者の側にあった大きな変化についても触れておかねばならない。2013年12月23日,我々とともに前書「1600-2000」を著し,共通の大親友でもあった浜野潔君が不慮の最期を遂げた。彼はすぐれた人格者で、誰からも親しまれる人柄であったが,研究面でも数多くの業績を残し、学界に貢献した。前書第1章における彼の記述にはその研究が凝縮されており、また彼の近世史観が遺憾なく発揮され、今なお命脈を保っている。そこで彼が執筆した第1章はそのまま本書第1章に残した。許されるなら、本書を亡き浜野君に捧げたい。
このテキストの企画,編集には藤村信行,村山夏子両氏に多大なご助力.ご助言をいただいた。末筆ながら、ここに記して謝意を表するものである。

2017年1月
著者

浜野 潔 (著), 井奥 成彦 (著), 中村 宗悦 (著), 岸田 真 (著), 永江 雅和 (著), 牛島 利明 (著)
出版社 : 慶應義塾大学出版会; 増補改訂版 (2017/4/22)、出典:出版社HP

はじめに

はじめに(『日本経済史1600-2000』)
アメリカの低所得者向け住宅ローン問題に端を発した金融危機は,先進国のみならず多くの途上国経済へも深刻な打撃をあたえ,影響を拡大しつつある。グリーンスパンFRB前議長は今回の経済危機について「100年に1度の津波」ⅰ)であると述べたが,株価の度重なる急落は20世紀初頭に起きた世界恐慌の記憶を呼び覚ました。

世界恐慌が起きたのはいまから80年前,1929年10月24日のことである。ニューヨーク株式市場の大暴落(「暗黒の木曜日」)をきっかけにおこった経済恐慌はその後,全世界を巻き込み猛威を振るうことになった。主要工業国であったアメリカ、ドイツでは工業生産が5割以上の落ち込みを見せ,失業率を大きく跳ね上げた。さらに,世界中で多くの銀行が倒産し金融システムも麻痺してしまった。危機的状況は4年後の1933年ころまで続いたが,本格的な回復にはさらに多くの期間を要したのである。

こうした世界恐慌の反省に立って考え出されたのが,財政政策や金融政策によって国家が有効需要をコントロールするケインズ政策であり,また,金本位制に変わるものとしての管理通貨制度であった。戦後さらに発達した経済学は、この2つの道具をより精緻化する作業を行ってきたのである。しかしながら,高度な理論に裏づけされた現代経済学という道具もまた、完全というには程遠いことを今回の金融危機は明るみに出した。ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンは今回の金融危機に際して「自分が生きている間に,世界恐慌に類似するような事態に直面するとは思ってもみなかった」ⅱ)
ⅰ)『日本経済新聞』2008年10月24日。
ⅱ)『朝日新聞』2008年10月14日。

と述べたが,この言葉から経済学者の受けたショックがいかに大きかったということを覗うことができるだろう。
さらにこうした事実は、きわめて高度化した現代経済においても「歴中は繰り返される」という単純な経験則が生きていることを物語っている。つまり今回の経済危機は、80年前の世界恐慌の経験のなかに,危機に対処し経済を立て直すうえで重要な教訓が含まれている可能性を浮かび上がらせたのである。この点において、経済学ではこれまで周辺に位置していると考えられてきた「経済史」という学問が,なお現代においても実用性を備えた学問であるということが理解されるであろう。本書で描かれる「経済史」とは、まさにそのような意味を含んだ研究領域である。

経済史という学問をひとことで定義すれば,経済の発展を歴史的に考察する学問分野といえるだろう。歴史事象のなかで経済を取り上げる研究は古くからおこなわれていたが、経済史が1つの学問分野として独立するようになったのは19世紀前半のことである。当時,経済的に後発状態であったドイツでは、保護貿易政策をとることにより自国の産業を育成して経済の発展をはかるべきだという考え方が台頭しつつあった。「歴史学派経済学」とよばれたこのような考え方は、各国の経済に普遍的な法則を求めるとともに自由貿易を主張した古典派経済学とは真っ向から対立した。ドイツで始まった歴史学派経済学は国ごとの経済発展の違いに注目し,その比較をおこなったので,今日では経済史研究のルーツであると考えられている。

歴史学派の研究に日本人で最初に触れたのは1898年からドイツに留学した福田徳三である。彼はミュンヘン大学のルヨ・ブレンターノに師事しヨーロッパ経済史を学ぶなかで、日本の経済史的変化にもヨーロッパと共通する部分があることに気づいた。福田は,1900年にDie gesellschaftliche undwirtschafuiche Entwickelung in Japan(日本における社会・経済発展)という題目の博士論文をドイツ語で提出し出版したが、これは日本経済史研究の出発点というべきものである。

経済史の研究は19世紀から20世紀にかけて各国でさかんにおこなわれるようになったが,その時代はまた、イギリスから始まった工業化が大陸ヨーロッパでも進展をみせ、やがて世界へと広がる時期と一致する。このころのヨーロッパやアメリカ,日本などでは,いかに工業化を成功させてイギリスに追いつくかということが最優先の課題であった。したがって20世紀の経済史研究では,工業化のプロセスについて研究することがもっとも重要なテーマとなったのである。こうしたなか,日本は19世紀の終わりごろ工業化を本格化させ,非常に短い期間で世界でも有数の工業国に成長した。そこで,この成功の理由を探るべく,1970年ごろから日本経済史の研究は日本国内のみならず、世界的にも多くの人びとの関心を集めるようになったのである。

本書は、こうした比較史的観点をふまえ,日本経済史を学ぶ初学者のテキストとして書かれた。具体的には、ミクロ経済学・マクロ経済学の初歩について学んでいるレベルの大学生を念頭においている。ところで,こうした学習段階の学生からは、「経済学の理論は思いのほか無味乾燥でつまらない」という意見を聞くことが多いが,これには2つの理由があるように思う。第1は,日本語で書かれた経済学の入門教科書には経済の具体的事例を書き込むスペースが少なく、どうしても図式の羅列になってしまうということである。実社会の経験のない学生にとって、理論のテキストから現実の経済を想像することは簡単ではない。そのため、経済学を単なる数式の遊びとしてしか理解できないことも,無理からぬことだろう。さらに第2に,学問が細分化され専門化してゆくにつれて,理論研究と実証研究(とりわけ実証的な歴史研究)の間の隙間が少しずつ広がってしまったということがあげられるだろう。多くの学生が,経済学の個々の授業がたがいにばらばらで、全体像を描きにくいというように感じるのは、このあたりに原因があるように思われる。

しかし、20世紀の終りごろになり,こうした経済学研究をめぐる状況も急速に変わりはじめた。その直接の要因は,世界経済が予想もしなかった多くの問題に直面するようになったことである。たとえば,経済政策の進歩により克服されたとさえ思われていたデフレーションは、再び多くの国で猛威をふるうようになった。日本においても「失われた10年」といわれる平成不況の経験は、まだ記憶に新しい。80年前に起きた「世界恐慌」に世界中から注目が集まり多くの研究成果が公表されるようになったのも、歴史的経験になお学ぶことが多いことを示している。すなわち、新しい理論の知識をもとに

しながら過去の経済政策を検証することで,最初に述べた金融危機など現実の経済問題を解決する糸口をつかむことができるのである(日本経済史におけるこうした実例として,岩田規久男編『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社をあげることができる)。
なお,本書では以下に述べる点に関して,若干の工夫を施している。第1に,本テキストの叙述が近世から現代まで比較的広い範囲をカバーしているということである。近年,日本経済史のテキストは,工業化の過程に力点をおくようになり、近代以降の歴史だけを対象とするものが増えつつある。しかし、本書では、もう少し古い時代から説き起こすようにした。具体的には、近世の日本経済(ただし,部分的には古代・中世から)を含めて記述している。その理由として,1970年代以降,日本経済史研究では近世を対象とする数量経済史的研究が著しく進んだにも関わらず,そうした成果をわかりやすく解説した本が少ないと思われるからである。近世経済の発展が,その後の工業化にどのような影響を与えたのかという点をめぐっては多くの議論がおこなわれてきた。こうした近世の経済的「遺産」の検討は,工業化の前提条件を探るためにも重視すべきなのである。

第2に,本テキストでは各章の最初に「X.0」(X章0節)という項目を設け,長期時系列データのなかからとくに重要なものを選び出して、解説を加えたことである。近世における数量経済史的研究,あるいは近代以降の歴史統計整備のおかげで(とりわけ大川一司ほか監修『長期経済統計」東洋経済新報社の刊行とその分析作業),日本経済の発展は非常に精度の高い数量データでたどることが可能となった。このような時系列データは必ずしも均質に続いているわけではないが、おおよそ1600年から2000年までの400年間をたどることができる。本書の書名を「日本経済史1600-2000」としたのは、まさにこの点を意識している。各節冒頭において、こうした数量データを注意深く読むことにより,経済発展のプロセスへの理解はより正確なものになるだろう。
第3に,本書は全体を6章に分けてからの区切りが一般的な歴史の時代区分とは異なるところがあることである。たとえば、第2章は明治維新をまたいで、すなわち時代区分のうえでは近世と近代を連続して扱っている。このような書き方は,近世の経済システムと近代の経済システムの間に継続性を重視する新しい日本経済史の見方を反映したものである。同じく第5章でも,太平洋戦争をまたぎ,戦前と戦後を連続したものとして扱っている。この区切り方も,政治史を基準とした時代の枠組を取り払い、中立的な枠組のなかに日本経済の歴史を位置づけようとする試みの1つである。

残念ながら,本書のような初級レベルの概説書では,紙数の関係で多くの新しい研究成果や,論争中のホットな議論を省略せざるを得なかった。この点を意識してできるだけ多くの参考文献を掲げることに努めたので,これらを手がかりに、ぜひ進んだ内容にも触れてほしい。本書がそうした道案内の一書となることを心から願う次第である。
本書作成にあたり,コラム執筆にご協力いただいた荒武賢一朗,田口英明,谷本雅之,島田昌和,髙橋周,鎮目雅人,中村一成,小林啓祐,島西智輝の各氏には心から感謝の意を表したい。また、草稿にたいしては,橋野知子氏から有益なコメントをいただいた。厚くお礼申し上げる次第である。

なお、このテキストの企画,編集にあたっては慶應義塾大学出版会の島崎勁一,藤村信行の両氏より多大のご支援を頂戴した。原稿が遅れがちな筆者たちをたえず励ましつつ、完成にまで導いていただいたことに深甚からの敬意を表したい。
2009年1月
著者

浜野 潔 (著), 井奥 成彦 (著), 中村 宗悦 (著), 岸田 真 (著), 永江 雅和 (著), 牛島 利明 (著)
出版社 : 慶應義塾大学出版会; 増補改訂版 (2017/4/22)、出典:出版社HP

目次

はじめに

1.近世の成立と全国市場の展開
1.0経済指標からみた江戸時代
1.1大開墾の時代
1.2海運の整備と全国市場の成立
1.3「鎖国」と貿易の展開
1.4元禄から享保へ
(浜野潔)

2.田沼時代から松方財政まで
2.0移行期の経済構造
2.1政策の推移(1)―田沼期から幕藩体制崩壊まで―
2.2政策の推移(2)―明治政府成立から松方デフレ終息まで―
2.3産業の展開
2.4対外関係の推移
◆歴史に読む現代◆ 近世日本の人口と生活水準94
(井奥成彦)

3.松方デフレから第1次世界大戦まで
3.0戦前期日本における経済成長(1881-1940年)
3.1近代経済成長の開始
3.2諸産業の発展と構造変化
3.3「小さな政府」から「大きな政府」へ
3.4日本とアジア
◆歴史に読む現代◆ 松方正義の経済政策から見る現代
(中村宗悦)

4.第1次世界大戦から昭和恐慌期まで
4.0国際システムの転換と日本経済
4.1第1次世界大戦と日本経済
4.2 1920年代の日本経済
4.3経済政策と金解禁問題
4.4世界恐慌と昭和恐慌
4.5「高橋財政」と1930年代の日本経済
◆歴史に読む現代◆ 政府債務の増大は何をもたらすか?
(岸田真)

5.戦時経済から民主化・復興へ
5.0「連続」と「断絶」の時代
5.1戦時統制経済の形成と崩壊
5.2敗戦と戦後改革
5.3インフレーション下の戦後復興
5.4ドッジ・ラインから特需景気へ
◆歴史に読む現代◆ 戦時経済研究の潮流について
(永江雅和)

6.高度成長から平成不況まで
6.0戦後経済の成長と停滞
6.1高度成長のメカニズム
6.2高度経済成長の終焉と構造調整―1970年代-80年代前半の日本経済―
6.3バブル経済とその崩壊―1980年代後半以降の日本経済―
6.4「失われた10年」から「失われた20年」
(牛島利明)

引用・参照文献
年表
索引

浜野 潔 (著), 井奥 成彦 (著), 中村 宗悦 (著), 岸田 真 (著), 永江 雅和 (著), 牛島 利明 (著)
出版社 : 慶應義塾大学出版会; 増補改訂版 (2017/4/22)、出典:出版社HP

図表目次

第1章
図1-1① 近世における実収石高の変化(1600-1872年)
図1-1② 近世における人口の変化(1600-1872年)
図1-1③ 近世における耕地面積の変化(1600-1872年)
図1-1④ 近世における経済諸変量間の関係(1600-1872年)
図1-2広島米価の推計値(1620-1858年)
図1-3長崎の銀輸出量(1648-1672年):5ヵ年移動平均
図1-4長崎のオランダ船銅輸出量(1646-1805年):5ヵ年移動平均

表1-1江戸時代のマクロ経済指標
表1-2 1714年大坂移出入における上位15品目
表1-3小判と丁銀・豆板銀の品位変化

第2章
図2-1 1818(文政元)-1871(明治4)年江戸における白米・醤油・酒・水油1石当たりの小売価格の推移
図2-2主要国税の比率の推移(1870-1945年)
図2-3濃口醤油の製法
図2-4ソースの製法
図2-5明治期における主要工業製品生産額の推移(1874-1912年)(業種別)
図2-6明治期における主要工業製品生産額の推移(1874-1912年)(品目別)
図2-7国内綿布需要の推移(1858-1897年)
図2-8日本の輸出入額の推移(1860-1895年)

表2-1主要官業払い下げ一覧(1874-1896年)
表2-2「明治七年府県物産表」にみる主要生産物
表2-3「開港」後の日本の貿易(1860-1867年)
表2-4実収石高,人口1人当たり実収石高の推移

第3章
図3-1近代以降の日本の人口動態(1872-2003年)
図3-2名目GNPの推移(1885-1940年)
図3-3名目GNP対前年比成長率の推移(1885-1940年)
図3-4実質GNPの推移(1885-1940年)
図3-5諸物価指数動向(1873-1940年)
図3-6普通銀行数の推移(1896-1945年)
図3-7米価の推移(1868-1940年)
図3-8年間1人当たりの米消費量の推移(1880-1940年)
図3-9対ドル為替相場の推移(1871-1897年)

表3-1NDPの構成(1890-1940年)
表3-2有業人口の構成(1872-1940年)
表3-3輸出入品の製品別内訳(1885-1939年)
表3-4輸出入品の地域別内訳(1885-1939年)

第4章
図4-1日本の輸出額(1914-1936年)
図4-2日本の国際収支(1914-1936年)
図4-3日本の正貨保有高と日本銀行券発行高(1914-1936年)
図4-4製造業生産額(1934-1936年価格)とその構成比(1910-1935年)
図4-5対米為替相場(1914-1936年)
図4-6政策目的別政府支出(中央政府・地方政府計)の推移(1914-1936年)
図4-7昭和恐慌期の物価下落(1926-1935年)
図4-8政府債務残高と債務比率の推移(1885-2015年)

表4-1国際金本位制小年表(停止・回復・崩壊)
表4-2主要国の卸売物価指数の推移(1919-1936年)
表4-3大都市人口の趨勢(1920-1940年)
表4-4電力業の発展と「動力革命」(1914-1934年)
表4-5名目国民総支出とその寄与度・寄与率(1928-1936年)

第5章
図5-1実質国民所得と産業別生産指数(1930-1958年)
図5-2.財政規模の推移(1929-1958年)
図5-3輸出入額指数の推移(1929-1957年)
図5-4アジア・太平洋戦争中の船舶総トン数の推移(1941-1945年)
図5-5戦後物価の推移(1944-1958年)
図5-6「特需」の契約高(1950-1954年)

表5-1軍事費予算の推移(1936-1945年)
表5-2財閥解体時の主な持株会社の措置
表5-3集中排除法適用企業
表5-4農地改革の実績
表5-5敗戦時の生産設備能力
表5-6産業別融資額に占める復金融資の比重

第6章
図6-1経済成長率の推移(1947-2000年)
図6-2経常収支の対名目GDP比率と為替レートの推移(1955-2000年)
図6-3経済成長への寄与率(1947-1985年)
図6-4経済成長の要因分析(1960-1979年)
図6-5 3大都市圏への転入超過数(1955-2001年)
図6-6輸出構成の変化(1955-1995年)
図6-7所有者別持株比率の推移(1949-2000年)
図6-8業種別生産額当たりのエネルギー消費原単位(1970-1989年)
図6-9地価と株価の推移(1975-2007年)

表6-1経済活動別実質国内総生産の年平均成長率(1955-2000年)
表6-2国内総生産の経済活動別構成比(1955-2000年)
表6-3高度成長期における各産業の生産額・就業者数と労働生産性

[コラム目次] コラム1石見銀山
コラム2国産品と舶来品
コラム3 19世紀前半の水戸藩における農政論争
コラム4幕末の経済発展と綿織物業
コラム5渋沢栄一と株式会社制度の普及IS
コラム6近代日本における「内国植民地」
コラム7高橋是清と井上準之助
コラム8総力戦と医療
コラム9「三等重役」の風景
コラム10「昭和の遣唐使」と「日本的経営」
コラム11地域社会と企業一夕張といわき
浜野 潔 (著), 井奥 成彦 (著), 中村 宗悦 (著), 岸田 真 (著), 永江 雅和 (著), 牛島 利明 (著)
出版社 : 慶應義塾大学出版会; 増補改訂版 (2017/4/22)、出典:出版社HP

日本経済史 (武田晴人)

はしがき

本書は、大学での日本経済史の講義を念頭において,19世紀の半ばから150年余りの日本における経済構造の変化を中心に概説したものである。日本経済史の講義が対象とする範囲をどのように設定するかについては,さまざまな考え方があるが,ここでは,日本における資本主義経済社会の生成・発展過程に絞り込んでいる。その理由は,現代の日本を理解するためには,近代的な経済制度の形成期である幕末開港前後までは少なくともさかのぼる必要があると考えているからである。
詳しくは序章を読んでいただきたいが,近代の経済制度は、アダム・スミスが注目したような「分業と協業」を基盤とした生産組織を包摂した「営利企業」とそれらの企業活動を結びつける市場取引の仕組みに特徴がある。たとえば、1冊の書物というささやかな成果である本書も,著者一人の力だけでは読者のもとにはたどり着けない。わがままな著者に寄り添って方向を見失わずに背中を押す編集者がいて、原稿の細部にまでわたってチェックする校正者がいる。そして,その向こうに印刷などの製作に関わる人たちも,出版社の営業担当者,目利きの書店員もいる。そうした人たちが力を合わせて初めて一つの書物が読者の手に届く。これらの関係は,出版社という企業組織のなかの分業と協業もあり,出版社と印刷会社,書店など複数の企業の取引によって形作られている。近代社会が創り出した経済制度の発展によって現代の私たちが享受している豊かさは,こうした仕組みが社会の隅々,さまざまな領域にまで浸透してきた結果である。

この浸透の過程は,さまざまな要因が絡み合ってそれぞれの地域や国民経済のもとで多様で特徴的な姿をとった。その因果的な連鎖をたどることは簡単ではないが、興味深い物語を紡ぎ出す。多様で個性的な変化は,理論的に割り切って理解することには不向きであるが故に,対象を限定しながら実証的に接近することが必要になる。だから,読者には本書が描く日本経済の発展を手ががりに,そこから知ることのできる歴史の大きな流れや,変化の骨格を読み取っていただければと思う。
本書では、読者の理解に資するために,本文で記述する時代状況を示すようなエピソードを紹介したり,研究史を彩った論争などについてコラムで解説を試みている。実証的であることが歴史研究の本旨だから,研究史上の論争とはいっても議論で決着がつけられるものではない。しかし,論争史は,それぞれの時代の研究者がどのような問題意識をもち,何を明らかにしようとしたのかを示している。そこには考えるためのたくさんのヒントがある。十分な解説というわけではないがより進んだ勉学の手がかりになるだろう。だから、とりあえずコラムは読まずに先に進むということもできる。

また、すべての章ではないが、章尾の「復習課題」は,理解の程度を自己点検する一助になればと考えて添えたものである。解答例と問題の解説に同意する必要はまったくないし,日本経済史を専門にする研究者でも意見が割れる論点にふれているものもある。しかし,解説などを参考にしながら、自らの考えをまとめてみると新しい発見があるのではないかと思う。もちろん,これは大学での期末試験などの予想問題ではないから,試験の対策になることは約束されていない。大事なことは、自分で考えることである。
本書をきっかけに日本経済史という研究領域に関心をもつ人たちが一人でも増え,考えるためのヒントの引き出しが増えることになればと思う。そして,より専門的な研究課題へと挑戦する若い人たちが出てくることを願っている。その一助になれば著者としてこれ以上の幸いはない。

本書がまとまるまでにずいぶんと長い時間がかかった。何度かの書き換えを経た後に,ようやく形が見えたところで,大学院の講義の教材などにも供して意見を聞いて修正を重ねた。コメントを寄せてくれたたくさんの若い友人たちには心より感謝したい。その間に,私の研究領域が第二次大戦後も含み込むようになった。若い仲間たちとの共同研究によって戦後復興期から高度成長期の研究に関わり,高度成長期や現状についての小さな書物を書く機会もあって,とりわけ第二次大戦後の日本経済の捉え方がより明確になった気がしている。そうした経過のなかで,当初の目次案とはだいぶん異なった内容が本書には盛り込まれることになった。
実は,日本経済史の教科書をまとめるという出版企画の発端は、25年以上前にさかのぼる。40歳代の半ばのことだったから,何でもできる,直ぐにでも書ける、という気分で引き受けた記憶がある。ところがさまざまな理由を言い訳にして先延ばしにすることになった。その理由は、単に私が怠け者だったからである。この間,「辛抱強く」というありきたりの言葉が不適切なほど,怠け者を見捨てなかった有斐閣編集部の藤田裕子さんには,お礼を申し上げる言葉が見つからない。藤田さんの力添えなくしては本書は完成しなかった。心からの謝意を記しておきたい。

最後に,本書を2002年1月に急逝された故橋本寿朗さんに捧げたい。大学院時代から,橋本さんの仕事,橋本さんとの議論は,私の研究の指針となり,17年も過ぎた今も生き続けている。「成長の経済史」に取り組んでいた橋本さんの志には遠く及ばないが,本書はその問いかけに私がようやく書くことのできた答案だからである。

2019年1月
武田晴人

武田 晴人 (著)
出版社 : 有斐閣 (2019/3/11)、出典:出版社HP

目次

序章日本经济史入門
1歴史を学ぶことの意味は何か
2対象と方法
道しるべとしての「理論」
3経済成長の長期的観察
経済成長と豊かさへの前進 経済成長と景気循環(経済変動)
日本経済の長期変動

第I部資本主義経済社会の形成
第1章幕末開港の歴史的意義
1幕末の国内経済発展
幕藩制社会の成立 幕藩制社会の基本構造 幕藩制社会の二重性 誰が拡大再生産の原資を握っているのか 幕藩制社会の内生的な矛盾 17世紀と18世紀 農民的な経営発展の可能性とその制約要因 農民的小経営発展の現実
2開港の経済的影響
「西欧の衝撃」の背景 不平等条約の内実 貿易の開始は何をもたらしたか
貿易の開始と物価騰貴
3明治維新の基盤
政治変革の推進力と対外政策上の対立 基盤としての経済混乱,世直し状況 経済的危機とその特徴 政治的支配層の対応 維新政権の性格
第2章明治維新と原始的蓄積-
1地租改正と秩禄処分中央集権国家の基盤
土地の所有権と領有制度の解体 地租改正の意味 正の影響 秩禄処分の実施 秩禄処分の結果
2殖産興業政策と政商たち
殖産興業政策とは 「殖産興業・富国強兵」の意味 政策内容の段階的な重点移動
殖産興業政策の意義 政商たちの資本蓄積 政商の地位
3松方デフレ下の構造変化
明治14年政変と松方デフレ 寄生地主制度の形成 綿工業の再編成
製糸業の発展
4天皇制国家の成立
復習課題
第3章日本資本主義の確立
1産業革命の意義と類型
産業革命の定義 日本の産業革命をめぐる論争史 産業革命の分析視角
2産業・貿易構造と景気循環
低い経済成長率 産業発展の特質 世紀転換期の世界経済と日本
日本の貿易構造
3紡績業の発展
産業発展の軌跡 国際競争力獲得の条件 基軸産業とし
ての綿糸紡績業
4製糸業の発展・
産業発展の経過 産業成長の条件
5鉱山業の展開財閥資本の形成
近代経営の成立と鉱業条例の制定 輸出中心の市場拡大 機械の導入 飯場制度と納屋制度の成立 鉱害問題の激化 鉱業資本の蓄積と財閥
6重工業の形成
機械工業の展開 一貫製鉄所の建設による鉄鋼業の発展
重工業経営と内部請負労働
7在来産業の展開
織物業の展開 食品工業の展開 在来産業の位置 産業革命期の各種生産形態と賃労働(1
8農業と寄生地主制
米と繭の経済構造―農業生産の動向 耕地の所有規模と経営規模 地主制の成立 寄生地主制と資本主義との関係
9経済構造
金本位制の確立 財政の軍事的な性格 政策的な産業金融体制 金融構造と資本類型
諸階層の利害状況 国民統合のあり方
10朝鮮・台湾の植民地化
侵略の経済的意味 朝鮮侵略の開始 日清戦争と台湾の植民地化
中国本土への進出
復習課題
第I部軍事大国への道1910~45年
第4章帝国主義的経済構造の形成
1経済発展を捉える方法的視点
段階的な変化を捉える視点 帝国主義段階論の論理と限界 現代経済社会の形成
2日露戦後不況
日露戦後の経済構造と外貨危機 桂園内閣期の財政危機と軍備拡張
3第一次大戦ブームと産業構造の変化
対外収支の好転と重工業の発展 投機的な拡大と投資制約 株式ブームと持株会社の設立「自前」の資本輸出
41920年恐慌と慢性不況
戦後ブームへの転換 賃金上昇と労働組合運動 物価対策と金融引締 1920年恐慌と救済不況の「慢性化」と都市化(202)
5国際環境と貿易構造
再建金本位制下の世界
強い輸入圧力下の貿易構造
6財政の拡張的な性格
軍縮下の財政拡大 金融市場の混乱
7産業構造の変化と産業の組織化
産業の不均衡成長 産業の組織化
1920年代の資本蓄積 メカニズム
8労働者と農民
労働運動の高揚 労働運動の展開 二重構造の形成と労働政策 農業生産の動向と農家経営 小作争議の展開
9資本輸出と植民地支配
朝鮮における産米増殖計画 満鉄と在華紡
復習課題
第5章昭和恐慌と景気回復
1金融恐慌
争点を失った経済政策 片岡失言——金融恐慌の発端 台湾銀行と鈴木商店
モラトリアムの実施 金融恐慌の帰結
2浜口内閣の金解禁政策
金解禁政策の背景 金解禁政策の体系性 金解禁の実施
3昭和恐慌
世界恐慌の発生 昭和恐慌——世界恐慌の波及 企業収益の悪化と大量失業
カルテル価格と原価低下 金解禁政策の破綻
4高橋財政と景気回復
高橋財政と拡張的財政政策 軍需支出中心の財政拡大 円安の放任と輸出拡大
設備投資の拡大 雇用回復の遅れ 景気回復政策の国際比較
5産業構造の重化学工業化と財閥の転向
重工業の内部循環的な拡大 産業諸部門の変化 労賃の低下と労使関係
財閥の転向 トラスト化とカルテル化
恐慌下の都市勤労者家計
6農業恐慌と中国侵略
深刻化する農業恐慌 裏切られた資源開発への期待 満州移民
復習課題

第6章戦時経済体制とその破綻
1日中戦争と円ブロック
世界経済のプロック化日中戦争と円ブロックの実態
2生産力拡充と総動員
貿易収支の悪化と経済統制 重要産業5カ年計画と生産力拡充計画
国家総動員法の制定 統制の悪循環
3経済新体制
経済体制の新しい考え方 「革新官僚」と経済新体制運動
企業体制の改革と軍需会社法
4戦時経済の実態と崩壊
戦時統制の成果 戦時下の財閥 動員された民衆 民衆生活の窮乏
第II部経済大国への道
第7章戦後改革と経済復興
1現代資本主義経済への視点
「20世紀システム」論の問題提起 成長政策の背景
新しい時代への転換
2民主化と非軍事化
敗戦による国富の被害 非軍事化と民主化の進展 アメリカの対日占領政策の形成
3経済民主化政策の展開
経済民主化の目的 財閥解体指令 財閥解体の具体的措置 農地改革 労働改革
4経済統制の解除と経済復興
復興の条件 需要構造の変化 傾斜生産方式
ドッジラインの実施 安定恐慌の展開 朝鮮特需
5国際収支不安と貿易立国
独立回復と占領政策の見直し 通商条約締結と対外関係 国際収支不安と輸出振興
産業合理化の課題 資金不足と投資制約 設備投資の効果と限界

復習課題
第8章高成長経済の時代
1高成長の開始——神武景気から岩戸景気
1956年の『経済白書』 鳩山内閣の総合経済6カ年計画案 「投資が投資を呼ぶ」経済拡大 景気調整と産業政策 安定した労資関係と二重構造 世界貿易の順調な拡大 貿易・為替自由化の推進 賠償問題と経済協力 高成長のメカニズム
2 65年不況
消費ブームと家計 流通革命の開始 投信ブーム
証券恐慌 不況対策と赤字国債
3大型合併と資本自由化
産業構造の高度化 対外収支の恒常的黒字化 資本自由化の実施 株式持合の拡大と大型合併の進展 大衆消費社会の実現 物価高と福祉政策を欠いた財政運営 環境破壊と公害紛争 人手不足経済と労資関係 米の過剰化と農業基本法
4ニクソンショックと石油危機
ニクソンショックと過剰流動性 物価上昇の要因 第一次石油危機
復習課題
第9章安定成長への転換
1安定成長への転換
成長率の低下 減量経営の展開 構造不況業種対策 円高の進行と第二次石油危機の発生産業構造の機械工業化の深化
2経済大国日本の実態
行財政改革と財政再建 市場開放と前川レポート 安定成長下の輸出大国化 円高と平成景気 日本的経営への称賛とその内実
3バブル経済への道
内需主導経済への転換 貿易摩擦の深刻化 資産バブルの発生 バブルの崩壊と不況の長期化
長期化する不況の要因 国民生活の実態
復習課題
終章最先進国日本の経験
1経済発展のメカニズムの変化
経済成長の限界 時代を見誤った経済政策
2経済発展に対する制約
地球環境と資源の制約 求められる生産性上昇とその期待すべき
効果
3経済社会の「未来予想図」
「最先進国」日本という認識
復習課題
索引

武田 晴人 (著)
出版社 : 有斐閣 (2019/3/11)、出典:出版社HP

序章 日本経済史入門

本書が対象とする日本経済史という研究分野は,主として日本における資本主義的な経済制度の生成・発展過程を、経済学で培われた分析ツールを援用しながら,資料に基づいた実証を通して歴史的に分析するものである。そこで,まずはじめに,歴史研究の意味や,それに用いられる方法を明らかにしながら,近代以降の経済社会に焦点を絞って叙述する理由を経済発展の長期的な観察を通して明らかにしよう。

1 歴史を学ぶことの意味は何か

歴史を学ぶことの意味を難しく考える必要はない。いろいろな事実を知り,それを理解することを通して,多様な考え方を知り,自らが直面することになる問題について考える際の「引出し」が多くなることは、実際的にも大きな意味をもつし,誰でも実感することができる。しかし,もうすこし「学ぶ」ことの意味を考えてみると,歴史研究が見出す事実の多様性に,そうした実用性の基盤があることに気がつく。そして,歴史研究によって明らかになる歴史的な事実が,論理的な思考を育むもっとも適切な場所の一つであることもわかるだろう。
事実のもつ重みが科学的な認識にとっていかに重要であるかは,経済史とは距離がある分野にみえるかもしれないが,天動説と地動説という論争を思い出すとよいだろう。
単純な観察からは天空の星たちが動いているようにみえることが,天動説の根拠であった。しかし,宗教的な背景や権威づけを無視すれば,そうした観察から導き出された仮説は,より詳細な観察事実によって惑星の運行などを説明できないことから修正を迫られる。そして地動説が提唱されるが,当初のそれは円軌道を描いているという仮定に基づいた体系的な説明の試みであった。しかし,この仮説では観察される事実との齟齬が大きかった。そこで,より説得的な説明として楕円軌道が想定されるようになる。このように理論的な認識の枠組みは,観察される事実に即して帰納的に見直され、修正を施されていく。そうしてできあがった新しい枠組みに基づいて今度はなぜ楕円軌道を描くのか,そこに横たわっている一般的な原理は何かという問いかけが理論家たちに投げかけられ,近代物理学の基礎となるニュートン力学の体系が築かれていく。このような科学的認識の発展のなかで貫かれているのは,「観察された事実が理論的な認識と合わない場合には、修正されなければならないのは理論の方だ」ということであろう。その逆ではない。

もちろん,尊重されるべき観察の結果も常に修正される。なぜなら,天体の観測では望遠鏡などの観察道具の進歩が,より適切な観察結果をもたらすからだ。そして歴史研究の場合には,資料の発掘などによって新しい事実が発見されたりすることを通して,検討すべき問題の性質や範囲も変わってくる可能性がある。経済学などの理論的な研究が新しい分析ツールを提供することもある。人々の個性的な営みだからというだけでなく,残されている情報が限定されているからという理由でも,歴史家にとって対象とする事実は多様な姿をとって目の前に立ち現れる。

歴史的な分析に取り組むことは,現在を理解することと対の関係にある。それ故に、歴史は現在のあり方に規定されて,常に書き換えられる運命にあるということも重要なポイントになる。しかも,認識手段としての社会科学の発展は,これまで理解不可能であった事柄について,新しい分析ツールをもたらし,より分かりやすく説明する力を与えてくれる。つまり観察の道具が豊かになる。それによっても、歴史は書き換えられる。真実は一つではなく、真実は移り変わるといってもよい。したがって、学ぶことの最も重要な意味は,ある事象を歴史的な現実として記憶にとどめること,覚えることではない。覚えたところで,そこで語られていた物語は書き換えられてしまうかもしれないからだ。

だからこそ,その出来事をどのようなやり方で理解しようとしたか,考えたかが大事であり,その考え方や捉え方に多様性があることを知ることが大切になる。それを通して,現代の私たちのいる社会も変化する歴史的現実の一部であり,その現実に対して多面的な捉え方を身につけることが歴史を学ぶ意味ということになる。

「現在を理解することと対の関係にある」ということについて、少し説明を追加しておこう。たとえば,日本の経済発展を研究するという場合にも,その研究はその時代の要請に沿って課題が設定される,あるいは研究する主体の関心に即して分析視角を定めるということがある。具体例でみると,1960年代には発展途上国に対する開発援助の参考となるモデルケースとして「日本近代化論」というかたちで日本の経済発展が論じられたことがあった。また,1980年代には,「先進国日本」「経済大国日本」という視点で,スタグフレーションを克服して先進工業国のなかで唯一安定的な成長軌道にある日本経済が,先進工業国の構造改革のモデルとなり,そのような視点から日本の経済発展がモデルとして取り上げられた。あるいは,日本経済史研究の黎明期である1930年代には,明治以来の経済発展を理解することを通して社会主義革命への展望をえたいという問題意識からの研究が重ねられたこともあった。

こうした問題意識の違いは,歴史的な研究に新しい認識を付け加えることもある。それぞれの課題設定に対応した異なる経済学のツールやパラダイムが採用されていくという側面もある。たとえば,「日本近代化論」では,マクロ経済学的なアプローチと,経済思想・理念にかかわる問題に多くの研究が重ねられた。「経済大国日本」の研究では,マイクロなレベルで日本企業の強い国際競争力が問題となった。そして,戦前の資本主義論争の時代には,マルクス経済学の受容に伴い,史的唯物論に基盤をおくような研究が展開された。

しかし,こうしたアプローチは、多くの場合に,問題意識先行型であるが故に,結果的に偏った歴史像を生み出してしまう。また,特定の分析視角を設定することが,歴史的な事実の持つ多面性を捨象した単画像にしてしまうこともある。ちょうど円錐形が,横から見れば三角形にしかみえず,上からみれば円にしかみえないように。それぞれの視角からすれば,観察結果は間違ってはいないが,それでは対象の本当の姿を十分には表していない。単画像であることを自覚しないままに,そこから得られる情報を記述することは,対象の姿をゆがめて伝えてしまう危険があることは分かるだろう。しかも,歴史像は三次元ではなく,四次元で捉える必要がある。特定の方向からの単画像もいってみれば瞬間の投影に過ぎない。時間という次元を加えることに歴史のおもしろさも,難しさもある。

考えてみよう社会科学的な認識における理論と実証

社会科学が対象とするさまざまな研究分野のなかで,歴史研究は経験的に観察された事実から,そこに見出されるような「法則性」,何らかの繰り返される性質・特徴をつかもうとしてきた。たとえば経済発展の研究を通して,人々の経済的な行動の背後に横たわる何らかの原理を理解するための枠組みが明らかになると考えられてきた。経済学的な認識もその意味では、そうした経験的な事実に即して,抽象化・一般化のために一定の仮定をおき,それに基づいて論理的な説明モデルを構築することになる。ただし、理論的な研究においては,構築された分析モデルの体系のもとでの精緻化の道を歩んでいるのに対して,歴史研究は,理論体系の制約を受けずに,現実に発生している経済現象に関して観察された事実に照らして理論的研究が妥当であるかをテストするという役割を担うと同時に,その独自の事実発見によって,理論的な枠組みの再構築を求めることになる。このことは、本文中の「観察」と「理論」の関係に示されている帰納的方法に基づく科学的な認識の発展に適うものであろう。

理論的なモデルを用いて歴史的な事象を「合理的に説明する」という試みが歴史研究のなかにもしばしば見受けられるようになった。しかし,それだけでは理論的なモデルのテストをしているという以上の意味をもたない。少なくとも,理論へのフィードバックが可能となるようなテストが設計される必要があるが,そうした意図もなく,経済理論の練習問題を解いているような研究は経済史研究の学術的な進歩とは無縁の知的な遊戯にしかすぎない。

歴史は,どのような形容詞を付け加えたとしても,それが「人間の活動の記録」であることは間違いない。経済史という研究領域が対象とする経済的な現象は、それだけが独立して行われることはほとんどない。人間の活動は,ある面からみれば経済的な意味をもっているが,それは同時に政治的な行動でもあり,文化的思想的な領域でも意味をもち,それぞれ固有の歴史研究の対象となりうる。そうした複合的な現象を経済史の研究では,帰納的な接近方法,つまり実証によって確かめられる事実を基礎にしながら明らかにしていくことになる。だから,本書のなかでも,しばしば経済学を基礎とする理論的な枠組みを参照することになるが,それを機械的に適用して説明することはない。それは適切なアプローチではない。その意味で,史的唯物論のように社会構造全体を経済過程から説明できるというような経済決定論的な接近も,それだけでは十分ではない。また,経済理論が扱えるような現象の範囲にしか関心を示さない経済学的分析も不十分である。むしろ、そうしたさまざまな研究を相対化しながら,歴史像を豊かにしていく必要がある。

2 対象と方法

資本主義経済の生成発展の歴史過程を明らかにすることが本書の主たるテーマとなる。そのため、おおむね幕末維新期からの近代的な工業発展の過程について、第一に,日本における産業革命の展開を中心に「工業化に基礎をおく資本主義経済社会」の形成を論じる。第二に,第一次大戦前後から昭和戦前期にかけての資本主義経済構造の段階的な変化を追い,「軍事大国」日本の経済実態を明らかにする。第三に,第二次大戦の敗戦後に行われた戦後改革の影響を踏まえて,経済の復興,そして高成長経済の実現,さらには安定成長への転換という「経済大国日本」への歩みを跡づける。大きな三つの時期区分のもとで,それぞれの時期の特徴とともに,その間の移行のプロセスに注目しながら論じていきたい。

近代以後に対象を限定し,そこでの資本主義経済制度を対象とするのにはそれなりの理由がある。もちろんそれ以前が全く省みられなくてよいというわけではないし、近代の経済社会にはさまざまなかたちで前近代社会の遺産が受け継がれているから,そうした側面での連続性は十分に考慮されなければならない。しかし,序-1図が示すように,19世紀。序-1図人口成長の推移後半以降の日本の人口動態は,それまでの150年あまり(江戸幕藩体制の後半期)の停滞を打ち破っただけでなく、歴史上前例のない増加を記録している。なぜこれだけの人口増加が可能になったのかを説明する要素は,いくつかある。衛生状態の改善による乳児死亡率の低下などの要因がまずは考えられなければならない。しかし,それ以上に重要なことは,これだけの人口増加に比例して必要となる食糧などの生活資材の供給増加である。その条件が満たされなければ増加する人口は支えられなかったであろう。

この簡明な事実は,供給側にダイナミックな変化が生じたことを示唆している。この供給側の主要因を本書では資本主義的な経済制度が定着したことにあると考えている。これから続く各章の記述のなかに詳しい説明は委ねることにするが、経済社会の発展を,そこに暮らす人々のより豊かな生活の実現に向かう歩みと捉えることができるとすれば,人口増加の背後にある経済規模の拡張がなぜどのようにもたらされたのかに関心を寄せることは,それほど的外れのことではないだろう。

考えてみよう「インボリューション」

経済学を学び始めると「マルサスの人口法則」という捉え方を学ぶ。この考え方は、分かりやすいが,他面で経済発展の経路からみると,悲観的な未来予想図になる。人口の増加を十分に養うに足る食糧の供給は,耕地の外延的な拡大に限界があり,拡大の余地がある耕地それ自体も土地生産性は低下するであろうし,集約的に働いても収穫の増加には限界がある。近代の産業発展は,このような限界を突破するような供給の増加をもたらすことで、人口の増加とともに,個々人の生活の豊かさをも実現する方向へと導いてきた。そこに「産業革命」以降の近代の経済発展が,それまでの時代とは異次元の経済社会を作ったことが示されている。

このことを前近代社会の側から検証すると,近世社会の慣行として伝えられる「姨捨て」「間引き」などの人為的人口調節は,それぞれの社会が抱えていた自然的な限界に,社会の規模を合わせるためのものであったことが理解できる。食糧の増加が望めない以上,授かった命をあきらめ,あるいは労働能力がなくなった高齢者を棄民することによって,村落社会の存続が図られていた。そうでなければ,飢餓による破滅が避けられなかったからである。

ジャワの農村社会を観察した人類学者クリフォード・ギアーツが著した『インボリューション』(池本幸生訳,NTT出版,2001年)は,工業化以前のこのような社会の維持機能を活写した興味深い文献である。
もちろん,このような捉え方に対しては,前近代社会からの連続性をもっと重視すべきだという考え方もありうる。とくに経済学では「市場のはたらき」を重視することから,「そのような市場のはたらきが日本の経済社会のなかでいつごろから,どのようなかたちで有用な制度として定着し始めたのか」という問いが経済史研究者の間でも話題となっている。それ自体は正当な問題設定であることは間違いないが,そのような連続性と市場のはたらきの有用性からだけでは,前記の序-1図のような近代への大きな屈折を伴う,その意味では不連続な変化(人口成長率の急上昇)を説明できないと思われる。これが,近代に対象を絞り込む主たる理由となる。

道しるべとしての「理論」

それでは,資本主義経済社会の形成と発展という対象に対して,どのような方法で接近し,分析すればいいのだろうか。経済学や経営学などの理論的な研究が重要な道具を提供してくれるのではないか,というアイディアは誰でも考えつく。しかし,すでにふれた理論と実証との関係からも明らかなように,経済的な現象を理解する助けになる範囲で理論的な成果を利用することはあるとしても,それは夜道に迷いそうなときの天空の星のような道しるべになるというほどのものにすぎない。自らを新古典派ラディカルという安場保吉は,歴史制度分析による数量経済史研究に対する批判に応答するかたちで,「経済史を経済発展論モデルの僕(しもべ)扱いにするのがおかしい」と理論と歴史の関係に言及している*1。

*1安場保吉「「歴史制度分析』の挑戦」「社会経済史学』66巻6号,2001年,74頁。

このような安場の主張は傾聴に値する。しかし,数量経済史研究では,「発展途上国22ヵ国の一人あたりGDP成長の89%は資本蓄積,労働参加率の変化,労働力に体化された教育投資によって説明される」と主張される。それは経済発展という事象を一般的なモデルからどの程度説明できるかという関心で論じているようにみえる。この指摘それ自体に異論を申し立てるつもりはないが,それでは経済史の研究は完結しないと考えている。仮に,そうした要素が重要だとして,それぞれの途上国では,それらの要素がどのよう整備され,経済発展を実現しつつあるのか,あるいはどのような困難に直面しているのかが説明されなければならない。その意味で,上記の説明は経済史研究の入口,つまりそこから分析すべき課題を見出して研究を進めるための手掛かりを与える以上のものではない。同時に,89%を説明できるという,統計的なデータ処理からでてくる説明についても,歴史研究者は慎重な態度で受け止めるべきだろう。なぜなら,経済発展の単純なモデルによって多くの国々の経済成長について9割程度を「説明している」ことは「第一次接近」として尊重されるべきだが、説明すべきことがらは残りの1割にあるかもしれないからだ。比喩的にいえば,90%以上が水である液体は残りの1割以下の成分いかんによってビールのような酒にもジュースにもなりうる。ほとんど説明できているという指摘も,ことがらの表面をなでているだけかもしれないのである。

このように理論は対象となっている経済発展の現実を説明し尽くすことはできないので、経済史の分析方法の中心は事実発見に基礎をおく実証研究となる。この実証研究では,歴史研究としての特性がとりわけ重視される。それは,因果的な関係を時間的な順序に従って説明するということである。経済社会に起こっているさまざまな現象について,そうした時間軸をできるだけ捨象しようとするアプローチもありうる。たとえば社会学の研究のなかには,ある社会を構成する諸要素間の関係が,かなりの時間を経過しても変わらないと考えて,その社会の構造を捉えようとするアプローチもある。経済学の「理論」も,人の行動を「経済人」という原理に従うという限りで,時代を超えた特質を保持しているものと考えて論じているという意味では,時間軸は捨象される傾向にある。
これに対して、経済史ではそれらの学問では捨象されることもある時間軸がクローズアップされる。そうした分析視角をもつからこそ、他の学問分野とは相互に補完的な関係に立つ研究分野として,経済史研究に独自の意義が与えられている。

時間的な経過のなかで観察される事実についての因果的な説明が説得的であるためには、論理的でなければならない。理論がこれをサポートしてくれる場合もあるが,理論的な認識に反する場合もある。だから理論に寄りかかった説明には慎重でなければならない。
論理的な説明をすることは容易ではないが,経済史研究では,以下の四つの点を重視した論理的な説明が求められている。
まず第一は、全体像に対する関心を常にもちつづけることとである。経済学の理論的分析が,典型的には問題を単純化し,限定的な状況のなかで考えるとすれば,歴史研究では,できるだけ多くの要素を考慮に入れて,歴史的な現実を説明することが求められる。したがって,経済現象を主たる対象としながらも,経済的に意味のある要素だけで閉じた説明をすることでは不十分であり,非経済的(と思われる)要素も含めた説明が望ましい。つまり,政治,社会,イデオロギーなどにかかわると考えられるさまざまな要素の作用を認めたうえで,歴史的な全体像を描くこと,叙述することに経済史固有の領域がある。たとえば,なぜ日本は太平洋戦争への道を歩んだのか,という問いに対して経済的な問題の解明から必然的な過程であったと決定論的に説明することはできない。

経済理論家として著名なヒックスが著した『経済史の理論』は「経済史の一つの大きな役割は,経済学者,政治学者,法律学者,社会学者および歴史家――一般史家,思想史家、技術史家―が一堂に介して互いに話し合える公開討論の場を作り上げることである」と述べている*2。これも経済史の領域が経済学の対象領域を超えた広い説明を求めるものであることを指摘したものであろう。

*2J.R.ヒックス(新保博訳)『経済史の理論』日本経済新聞社,1970年,12頁。

このようにいっても,他面では,経済史が経済学と歴史学との学際的な領域にある以上,可能な限り対象とする経済的な現象については内生的な因果関係を経済学的な論理によって説明することに努めることも必要だろう。その際に大事なことは,経済理論がもつ均衡論的な思考への傾斜から距離をおくことであろうシュンペータが経済理論の均衡論のドグマから脱するために「企業家」を想定したような*3,外生的な変化に変動の起動因を求めるのではなく,たとえば,技術進歩などの変化の要因が内生的な経済プロセスのなかから生まれると捉えることができるようなパラダイムが必要と考えている。

*3シュンペータの議論については,とりあえず「経済発展の理論』(塩野谷祐一ほか訳)岩波文庫,1977年参照。

第二は,時間軸を単に事態が経過していく時間の流れとだけみなすのではなく,何よりも,経済の構造的なあり方が変化するダイナミックなプロセスを描くうえで必要な座標軸と考えることである。
段階的な経済構造の変化をどのような期間を設定して把握しうるかは,対象の性質によって異なるが,一つの特徴的な構造が,時間的な経過とともに生成・定着し,そして,それが新たな構造に遷移していくプロセスを経済発展の特徴と考えることが目標となる。そして,このような見方が,歴史研究として必要となる時代区分の基礎も与える。

経済構造を段階的な変化として捉えることは,構造の全体像をその定着期に即して描くことの重要性を示唆すると同時に,その構造と構造とをつなぐ,過渡期の描き方にも歴史認識の特徴が現れる。構造の描き方は,安定的な経済システムとして叙述することである。これは、戦前の講座派の捉え方を典型として,歴史制度分析などにも類似の捉え方が見出されるものである。ただし,それらは共通の弱点をもっている。それは,かつて講座派の代表的な著作である山田盛太郎『日本資本主義分析』(岩波文庫,1977年)が、向坂逸郎によって「発展がない」と批判されたような,ダイナミズムの欠如である。しかし,段階的な変化を捉える際に、定着した構造を頑健なものとして描こうとする必要はない。むしろ、そこに抱え込まれている不安定な要素とともに総合的に描くことによって,特定の構造がいずれは新しいものに置き換えられるというダイナミックな過程が展望できるような捉え方が求められている。

第三は、この構造的な捉え方の基礎において大切なことは,それを構成するさまざまな経済主体がどのような機能的役割を演じているかを明確にすることである。その具体的分析に際して中心となる対象は,いうまでもなく「企業」である。資本といってもよいがやや抽象的な概念なので、歴史的分析の対象としてはより具体的な存在として「企業」と表現しておこう。この場合,企業の経済的な機能とは,ペンローズが指摘したように*4,市場に財やサービスを提供するために,人的およびその他の資源を獲得し,組織化するものであり,一つの管理的な組織のもとで,「権威主義的なコミュニケーション」によって計画的に生産活動に従事することである。

*4ペンローズ(日高千景訳)「会社成長の理論第3版」ダイヤモンド社,2010年。

このことは,企業が,組織としての特徴をもち,これが成長することによって,経済発展に必要な資源の適切な配分と利用を「非市場的な枠組み」によって遂行していることを意味している。したがって,その内部をいかに捉えるかは,資本主義的な経済制度の特徴を捉えるうえで,決定的な重要性をもつ。営利原則に即して機能する組織として「営利企業」を「発明」したことこそが資本主義経済制度の基本的な特徴だからである。市場の発展だけに関心をもつことは,この経済制度を表面的にしか理解できないことになろう。
第四は,国民経済,ないしは資本主義国という単位で資本主義経済制度の形成と発展とを考えることである。その理由は,一つには,経済発展や経済成長にかかわって前提となる諸制度が整備され,それが慣習法であれ,実定法であれ一定の意義を果たすのは,何らかの形態の政治制度のもとでの立法と司法の作用によるものであり,これらを国家の統治機構と切り離して議論することはできないからである。そして,そうであるが故に,少なくとも形成期からかなりの期間,それぞれの制度的な枠組みは,国民経済ごとに異質性を伴うものであった。したがって,そのような異質性をも前提として叙述するためには、ひとまずは「国民国家」として切り取られた空間を対象として設定せざるをえない。そして,それによってはじめて,そのような統治機構の不十分な地域に対する植民地支配などの暴力的な侵略の問題も視野に入れうる。さらに二つには,このようにして国民経済を想定することによってはじめて,経済成長を国民経済計算によって測定し,異なる時期間での比較,異なる国民経済間での比較が可能となる。

しかし,一国を単位として捉えることの理由としてより重要なことは,次の三つめの理由である。それは,経済成果の分配のあり方を最終的に特徴づけるのは、その国民経済の「政治的決定」の特徴に依存するからである。「経済成長」という量的な指標の極大化は,経済学の目的でもなく,まして経済史研究が関心を払うべき主要な問題ではない。もちろん,それらの現象は,われわれが「真に」経済発展と呼ぶべきものに接近するうえで、関心を払うべき経済現象であるが,それだけであれば,その研究は,資本主義経済制度に対する,繰り返されてきた批判に応えうるものではない。貧困や格差と不安定性は,発生期以来のこの経済制度のもつ問題点であった。それを着実に克服してきた「政治的決定」を含んだ資本主義経済制度の歴史的変容を正当に評価することが,経済史の研究では必要である。そうした視点をもつことによって、現在までの経済発展の到達点を正確に認識するとともに,それが抱える問題点も明らかにしうる視点をえられると考える。

3 経済成長の長期的観察

経済成長と豊かさへの前進

前節で述べた最後の問題,つまり「経済成長」の意味を考え直すために,定量的な指標から観察してみよう。経済発展の質的な内容こそが重視されるべきだという本書の立場からすれば,逆の方向からの接近にみえるかもしれないが,定量的な観察それ自体からも重要な示唆はえられる。
経済統計の国際比較ではもっとも信頼されているアンガス・マディソン『経済統計で見る世界経済2000年史」によると,1700年から1998年にかけて国別の実質GDPは序-1表のように推移している。
この表から明らかなことは,1700年から1870年まで,インドと中国が18世紀後半には産業革命が進行中であったイギリスよりもGDPでは上回る「経済大国」であったこと,そして19世紀末から20世紀にかけて,工業化が進展した欧米諸国が,さらにこれを追いかけるように日本が経済大国化したということである。工業化が遅れているアジアの二国が大国の地位にいたのは、同じ表の下半分に掲出されている「一人あたり実質GDP」がいずれも下位にランクされていることから明らかなように,インドと中国が広大な地域に人口が集中する国だったからにすぎない。

武田 晴人 (著)
出版社 : 有斐閣 (2019/3/11)、出典:出版社HP

概説日本経済史 近現代 第3版

An Outline of Japanese Economic History
since the 1850s, 3rd ed.
Ryoichi MIWA University of Tokyo Press, 2012
ISBN 978-4-13-042138-6

第3版 はじめに

第2版から10年を迎える頃には本書を改版したいと考えていた時,2011年3月11日,東日本大震災とそれに続く福島原発事故が発生した。被災された方々には心からのお慰めを申しあげたい、自然災害は人知を越えるとしても、原発事故は人災である、広島・長崎の原爆攻撃,第5福竜丸の水爆実験被爆に重ねてみたび原子力の脅威にさらされた日本に生きる者として,これからの日本と世界のあるべき姿について,あらためて考え直したいとの思いが強くなった。まだ大震災と原発事故の処理は終わらず,世界経済の変動も続く時点で,第2版後の日本経済の歴史を記述することにはいささかの無理がともなうが,とりあえず,現在の歴史座標を確認する作業を試みた.
新しい第18章を追加する作業のなかで痛感したことは,日本経済の変化が大きいことである。平成不況が「失われた10年」であったとすれば,その後の10年は日本が「変身した10年」とさえ呼べるようである.武田晴人さんの最近の用語を借用すれば,日本経済は「遷移」したと言えよう(武田編『高度成長期の日本経済』序章),問題は、この「遷移」の行く末である。

世界は,第3変質期資本主義の旗手アメリカに振り回されながら,安定化・均衡化からはほど遠い混迷状態を続けている.資源・環境問題の深刻化は、Global Footprint Networkが公表するEcological Footprint(生態的必要土地量)とBiocapacity(地球の供給可能量)の推計比が,1975年の0.97から2007年には1.51となったことに示されている(www.footprintnetwork.org).人類は、いまや,地球の供給能力を51%も超える経済活動をおこなっているというわけである.人類史の先行きは,ますます危うい。
日本も世界も新しい道を切り開かなければならない、日本が,大災害を契機に、エネルギー,農業,そして消費の新しいありかたを見いだすこと,そして,それが世界の新しい道への道標となることを切に期待したい、
2011年10月
三和良一

第2版 はじめに

初版から10年近くが過ぎて、日本経済も,世界経済もかなり変化した。正確に言えば,初版を刊行した頃に感じられた変化の方向が,ほぼ確定的となった。1980年代から,いわゆる現代資本主義に変調が現れてきたが,初版では、まだ,それが資本主義の新しい発展の段階を示すものであるかどうかは確定できなかった.その後の経過は,福祉国家化と政府の政策介入を特徴とする現代資本主義の時代は終わり,経済活動のすべてを市場による調整に委ねようという,ジョージ・ソロスの名付けた市場原理主義が力を得る時代が到来したことを明確に示すに至った.初版では留保しておいた,資本主義の新しい変質を記述すべき時期と考えて,第2版を刊行することとした.
新しい発展段階に入ったことから,第1次大戦以降を「現代資本主義」の時代と呼ぶことは不適当になったので,「20世紀資本主義」に呼称を変えることにした。

資本主義が新しい変質期に入ったとはいえ,本書が懸念する人類史の危機への対応が見えてきたわけではないむしろ、市場原理主義が,資源の蕩尽と環境の破壊を,これまで以上に押し進める危惧が強くなった.本書の改訂を必要と感じたのは、この危惧に突き動かされてのことである。
2002年6月
三和良一

三和 良一 (著)
出版社、出典:出版社HP

初版 はじめに

『なぜ「いま」経済史を学ぶのか」という問いへの,私なりの答えを,はじめに述べておきたい、この問いは、3つの部分から成り立っている。第1は,『なぜ歴史を学ぶのか』,第2は,『なぜ経済を学ぶのか』,第3は、『なぜ「いま」学ぶのか」であるそれぞれに,難しい問いであるが,できるだけ答えてみよう。

『なぜ歴史を学ぶのか』という問いに答えるには,まず,「歴史」とはなにかという問いに答えなければなるまい。「歴史」とは、ひとまず,時間の流れのなかの事象の累積といえる。ここで取り上げたいのは、人間の「歴史」であるから、「歴史」とは、時間の流れのなかの人間の行為の累積ということになる。では、時間の流れをどのように捉えるべきか?「秒」(セシウム原子光の振動周期で規定される)の経過数で計られる時間は,もちろん、事象が起こった先後関係を確定するためには有用である。しかし、ある事象(たとえば「ペリー来航)が,西暦何年に起こったかを知るだけでは,「歴史」を捉えたことにはならない、どのような先行事象の結果としてその事象が起こったのか,そして,その事象は後に起こる事象にどのように影響したかを分析して、はじめて,その事象の「歴史」のなかの位置が確定できる。つまり,「歴史」には,物理的時間のほかに,その事象の位置を確定する座標軸があるわけである.この座標軸は,事象と事象の因果関係の連鎖であるから,その連鎖を,事象の継続的生起という観点から,歴史時間と呼んでよかろうそこで,「歴史」とは,歴史時間のなかに位置づけられた人間行為の累積となる.ここまでのところでの,第1の問いへの答えは,『生きる自分を歴史時間のなかに位置づけるため』となる。

ところで,自分が「生きる」とは、自分の一生を生きることであるが,それは同時に、人類の歴史の一部を生きることであり,また,生命の歴史の一部を生きることであり,さらには,宇宙の歴史の一部を生きることでもある.そうすると、歴史時間は、ただひとつだけではなく、自分の一生を計る歴史時間,人類の歴史を計る時間,生命の歴史を計る時間,そして、宇宙の歴史を計る時間の4つの時間(位置確定座標軸)があることになる。そこで,第1の問いへの答えは,『生きる自分を4つの歴史時間のなかに位置づけるため』となる。

第2の『なぜ経済を学ぶのか』という問いに答えるにも,まず,「経済」とはなにかを考えなければならない、人間行為のなかから,人間が必要とするモノ(物・サービス)を生産・配分・消費する面を切り出して「経済」と呼ぶのが普通であろう。しかし,このような「経済」の理解の仕方には,問題点がいくつかある。ひとつは、「経済」以外の人間行為(「政治」「社会」「文化」)と「経済」とをどのように切り分けるかである.たとえば「必要とする物」と言った場合,食料は人間の生存に必要なことは確かであるが,なにを食べるかとなると問題は複雑である。

地方食にバラエティがあることは食と「文化」との深い関わりを示しているし,イスラム世界の豚肉禁忌は「社会」が食を規制するケースであり,カリフォルニア米を食べられないのは「政治」の作用である.つまり人間行為をいくつかの面に分節化して,そのひとつを「経済」と呼ぶものの、「経済」は,経済学(経済原論)で想定されるように純粋な自立した人間行為ではない、人間の行為は,経済・政治・社会(狭義の)・文化の4つの面(これを人間の4つの行為空間と呼んでおく)が,複雑に入り組んだ行為なのである。ここから「経済」空間を分節化する作業(4行為空間の分節化とその相互関連の確定)はなかなか難しく、従来の社会科学がそれに成功しているとは言えない、日本経済史で,明治維新の評価が2様に分かれるのも,「経済」空間と「政治」・「社会」空間の分節化が確定されていないからである。私としても,この分節化の方法は模索中で,まだ有効な仮説提起はできない、本書では、分節化の方法を確立することの必要性を意識しながら、ひとまず「経済」を前のような普通の意味で切り出しておく。

ただし,普通に使われる「生産・消費」については、生産が必要なモノの生産であり,消費も生活の再生産であるが,それぞれは、同時に廃棄物・廃熱の生産であること,あるいは、地球の資源・環境の消費であることを、強く意味付与する必要がある、「生産」が1次的には自然を対象とする人間の共同行為を(社会的行為)であり、「消費」が〈ひと〉の生存と〈ひと〉と〈ひと〉の関係(広義の社会)の維持の共同行為であることは、普通に認識されてきた。しかし,従来は、人間の共同行為のあり方に関心が集中して,対象となる自然との関係,つまり〈ひと〉の生存を可能にする自然条件にたいする関心は薄かった。落ち着いて考えてみれば,〈ひと〉の生存は,太陽エネルギーと無機物からの植物による有機物の生成や動物による有機物の摂取と廃棄→微生物による有機物の分解と無機物への還元という生態系=エコロジカル・システムを前提にしてしか維持しえないこと,また,このエコシステムは,生命活動の結果として遊離された酸素ガスが創り出したオゾン層による紫外線減量作用,大気圏中の水の循環によるエントロピーの宇宙空間への放出作用なしには存在しえないことは明白である.人間の「経済」を,このような自然との関係で捉える視点を強く意識することが必要である。

このように「経済」を理解するとして,それを学ぶ意義は、ひとまず,『生きる自分を人間行為空間のなかに位置づけるため』と言っておこう.自分が「生きる」とは,さまざまな〈ひと〉〈ひと〉関係のなかで生きることであるから,まず自分にとっての外部環境としての〈ひと〉〈ひと〉関係がどのような構造を持っているのかを確認しておくことは大切である.また,自分が「生きる」ことは,この〈ひと〉〈ひと〉関係に何らかの作用を及ぼすことになるから,自分の行為に責任を持つためにも,この構造を知っておく必要がある.

とはいえ,この〈ひと〉〈ひと〉関係は,人間行為という観点から見ると,前にあげた4つの空間で構成されていて,その全体の構造を確認するのはかなり難しい、経済学・経営学・政治学・法学・社会学、哲学や文学,さらには心理学・精神医学や大脳生理学が,それぞれに研究を積み上げてきているが,これらの研究を総合化する人間科学の方法は未確立である。このような学問状況のなかで,ことさら「経済」を学ぶには,それなりの理由がある,唯物史観にならって,「経済」は土台で,上部構造である「政治・社会・文化」を規定すると言うつもりはない、4空間は、土台・上部構造という論理で捉えきれるような単純な関係とは言えない、「経済」に着目したいのは、ほかの空間に比べれば,その構造を確定しやすいからである.人間の社会的行為のなかで,経済的行為は、その累積的結果=経済的事象のなかに法則性を想定しやすい。つまり,経済的事象に関しては、人間の行為の恣意性が作用する度合いが比較的小さいという特性があるこの特性が,社会科学のなかで,経済学を、際立って理論科学たらしめていると言えよう。

この特性は、基礎的には,モノの生産という行為が,自然に働きかけて人間労働を対象化する作業であることから,自然科学的法則に強く規定されるという事実に起因している。これは,産業連関分析(投入産出分析)の素材連関面を想起すればすぐにわかる.さらに、モノの交換という行為で,モノの価値を等質化し衡量する仕方についての社会的合意(貨幣の使用)が成立しやすいところから,経済的事象には,目的合理性を持つ人間行為の結果として理解可能な事象が比較的多いのである。これは、たとえば,商品の需要と供給が調整される過程を分析する方が,政党の支持率変化を分析するよりも簡明に理論化できることを想起するとわかる。

このように,経済的事象は,それが生起する因果関係を法則性の想定によって分析する学問的方法に,比較的なじみやすいのである。もちろん,具体的な経済的事象をすべて法則で理解できるわけではない、景気変動ひとつを取り上げてみても,その予測はおろか,事後的な要因分析も完全にできるとは言い切れない。政治・社会・文化関連の事象よりも,法則的把握がやりやすいというだけのことである.ただ,人間行為の分析にどこから手をつけるかを考える際には,経済的空間のこの分析のしやすさは、大きな魅力である、「経済」の分析から着手して,ほかの行為空間との関連を検出しながら,人間行為の全体像に迫るという方法が,かなり効率的であるように思われる.このような意味で,『生きる自分を人間行為空間のなかに位置づけるため』には,「経済」を学ぶことが,役立つはずなのである。

『なぜ歴史を学ぶのか』『なぜ経済を学ぶのか』を合わせて『なぜ経済史と学ぶのか』という問いにすると,『生きる自分を経済的空間とその歴史時間のなかに位置づけるため』が答えになる。前に4つと見た歴史時間と経済的空間とを関連づけると,〈ひと〉は,4つの歴史時間のなかで経済的行為を行うということになる、つまり,現代の日本人であれば、世界経済と深く結びついた日本経済が日々変化するなかで経済的行為をおこなうが,その日本経済はこれまでに人類が積み重ねてきた経済的行為のひとつの結果として存在するのであり、またさらに,人類の経済的行為は、生命の歴史・宇宙の歴史と無関係ではないということである、やや回りくどい言い方になったが,この人類が積み重ねてきた経済的行為を分析するのが「経済史(学)」であり,日本経済の変化の過程を分析するのが「日本経済史(学)」である。前者については,本文の第1章で略述し,後者の近代の部分を第2章以下で検討するのが,本書の課題である、生命の歴史・宇宙の歴史のなかでの人間の経済的行為という観点は,本書で直接に取り上げることはできなかった。問題としたい点は,『なぜ「いま」学ぶのか』という問いを考えるなかで述べてみよう。

「いま」つまり現代が,歴史の転換期であることは,さまざまな兆候から感知できる。社会主義世界の市場経済への転換,資本主義世界でのパックス・アメリカーナの解体,アメリカ的生産方式(フォード型少品種大量生産)に替わる日本的生産方式(トヨタ型多品種少量生産)の登場,ECに代表される地域的統合の展開,第3世界の混乱などなど、歴史は激動しているが,その向かう方向は定めがたい。このような時にこそ歴史を学ぶべきだ,とはよく言われている.しかし,私の言いたいのは,そのような一般論ではない。

『なぜ「いま」経済史を学ぶのか』といえば,それは,現代が人類史の危機の時代だからである.森林資源の枯渇というエネルギー危機への対応が産業革命をもたらすなかで確立した資本主義は,まさに「高度成長体質」を発揮して生産力を急速に発達させてきた石炭へのエネルギー源転換はさらに石油へと進み,第2次大戦後の高度経済成長は,原子力発電までも出現させた。そのなかで,一部の国々の国民生活水準は、「過剰富裕化」と呼ばれるほどに上昇した.しかし,再生不能資源である化石燃料には採掘限界があり,その濫費が遠からず資源枯渇を招くことは明らかであるが,現在のところ有力な代替エネルギー源は開発されていない(現存の原子炉は,事故や放射性廃棄物の危険性が大きいばかりか,投入エネルギーに対する産出エネルギーの収支効率が老朽設備廃棄コストまでを含めると著しく低率で,原子力は代替エネルギーとは言えないとの見解は説得力が強い)。また,生産・消費活動が生み出す廃棄物・廃熱が地球環境と生態系に及ぼす破壊的影響は累積的に拡大しつつある。

つまり,経済的行為は、人間が資源と呼ぶ石炭・石油・動植物・バクテリアさらにはある種の鉱物(鉄鉱石も海水中の鉄を酸化させる酸素を放出する生命活動なしには存在しなかった)を創り出した営々たる生命活動の歴史のなかでの行為であり,根源的には太陽熱・月引力を受けながら水の惑星地球が生成変化する宇宙史のなかでの行為であることが、いまや,明白になってきている。
「地球に優しい技術」の開発が望まれてはいるが,資本主義国はもとより社会主義国も第3世界も,いぜんとして経済成長を最優先の課題としている自然科学技術の発達のスピードが資源・環境の蕩尽のスピードに追いつくという保証はないから,このままでは,人類がこの惑星で存在し続けることがほとんど不可能になる時の訪れを覚悟せねばなるまい、近代に入った時,人々は、合理的思考から生み出される自然科学的知識が生産力を限りなく発達させ,それが人類を至福の王国に導いてくれるという明るい展望を持った資本主義を強烈に批判したマルクスでさえ,資本主義内部で発達する生産諸力そのものは、来るべき社会主義の物質的基盤として肯定的に評価していたのである.しかし,現代のわれわれは,近代が開いた「未来への明るい展望」を,そのまま継承し続けることはできない、人類史は,まさに危機の時代を迎えているのである.巨大な生産力を制御する能力を備えた新たな社会機構を構築する方向にしかこの危機を切り抜ける道はあるまい.

新たな社会機構を構想するには,諸科学の協同作業が必要である.そもそも,生産力の発達に全面的に信頼を寄せながら,諸科学が,独自に,いわばバラバラに、それぞれの専門領域での研究を深めてきたことと、人類が現代の危機を迎えたこととは無関係ではない、自然科学が切り開いた技術的知の世界の広大さにくらべて,心的知を深めるべき人文科学が遅れをとっていることはよく指摘されるし,社会科学も技術的知を人類の平和と福祉に堅く結びつける知を開発するには到っていない。このような学問状況を打開する営為が,いま必要である.それには、まず諸科学・諸分野の間に知的交通橋を架橋しなければならない。この知的交通橋の有力な橋頭堡となる可能性を、私は経済史に期待している。すでに述べたように、人間行為の他の3空間との関わり、4つの歴史間との関わりが明確で、なおかつ法則的把握に馴染みやすい「経済」の歴史を学ぶことから、知的交通橋を架橋し,新たな社会機構の見取図を描き出す共同作業への道を開くことができるのではなかろうか。ここに「いま」経済史を学ぶことの意味があるというのが,私の答えである。
本書を締いていただく読者の方々に,まず,私の経済史にたいする思い入れを聞いていただくかたちになってしまった。この思い入れは、放送大学の講義テキストとして本書の底本をまとめた時から、あるいは、青山学院大学や早稲田大学で経済史を講義する時にはいつでも私の心にあったものである.本文各章の内容は,なお,未熟であり不完全ではあるが,新しい社会機構を構想する営為のささやかな一環として本書を読んでいただければ,この上ない幸せである。
三和良一
1993年2月

三和 良一 (著)
出版社、出典:出版社HP

目次

はじめに
1 資本制社会論
加速された経済成長(1)/共同体が解体した社会(2)/身分的支配のない社会(4)/「市場」を軸に再生産を行う社会(8)/経済成長の秘密(10)/資本制社会の発展過程(11)
2 幕末の経済と開港
鎖国下の経済構造の変化(22)/世界資本主義との接触(25)/開港の経済的影響(28)
3 明治維新
中央集権体制の確立(31)/封建的規制の廃止(32)/地租改正と秩禄処分(34)/明治維新の評価(41)
4 殖産興業と松方財政
近代的生産技術の導入(43)/通貨金融制度の整備(47)/大隈財政と松方財政(50)
5 近代産業の発達(1)ー軽工業―
日本の産業革命(55)/綿業と絹業(58)
6 近代産業の発達(2)―重工業―
エネルギー・素材産業の発達(65)/兵器生産と機械工業の発達(69)/運輸業の発達(72)
7 日清・日露戦争と日本経済
日清戦争と日露戦争(74)/財閥と地主制(77)/再生産の構造(82)
8 第1次世界大戦と日本経済
1910年代初期の経済(86)/大戦ブーム(91)/休戦と反動恐慌(93)
9 1920年代
世界経済の新しい局面(97)/日本経済の新しい局面(100)/経済政策の新しい展開(107)
10 昭和恐慌
金融恐慌(111)/井上財政と金解禁(116)/昭和恐慌(119)
11 高橋財政
金輸出再禁止(124)/高橋財政期の経済政策(125)/景気の回復(132)
12 戦時経済
ブロック経済と戦争(140)/経済統制と戦争経済力(142)/戦時下の日本経済の変容(147)
13 戦後経済改革
15年戦争の帰結(152)/連合国の対日占領政策(154)/財閥解体と独止(158)/農地改革と労働改革(162)
14 経済復興
インフレーションと生産再開(167)/ドッジ・ラインと特需ブーム(174)/戦後の経済構造(182)
15 高度経済成長
高度成長の要因(185)/経済構造の変化(191)/経済政策の役割(197)
16 高度成長の終焉
高度成長の挫折(201)/「ジャパン・アズナンバーワン」(204)/バブルの時代(208)
17 平成不況
バブル崩壊と後遺症(212)/日本経済の低迷(215)/新しい動き(225)
18 世界金融危機と大災害
緩慢な景気回復(231)/世界経済の構造変化(239)/日本経済の試練(242)/展望――人類史の新しい時代へ(246)

あとがき
参考文献
索引

三和 良一 (著)
出版社、出典:出版社HP

図表目次

表1-1 20世紀資本主義の政策体系

表2-1主要輸出品価額構成(1860~67年)
表2-2主要輸入品価額構成(1860~67年)
図2-1物価変動と農民一揆(1857~72年)

表3-1明治初期の財政収支(1867年12月~1875年6月)
表3-2地価の計算式(田1反歩)
表3-3秩禄処分の内容(金禄公債交付基準と発行の実績)

表4-1殖産興業関係の政府資金(1867年12月~1886年3月合計額)
表4-2主要官業の払下げ
表4-3銀行の発達(1876~85年)
表4-4紙幣整理と物価・金利(1876~86年)
表4-5土地売買・抵当化の動向

表5-1会社企業の発達(公称資本金額,1885~90年)
表5-2綿紡績業の発達(1883~99年)
表5-3製糸業の発達(1878~1910年)

表6-1石炭生産の拡大(1875~1910年)
表6-2鉄鋼生産と自給率(1875・79~1905・09年)
表6-3軍工廠の拡大(1899,1909年)
表6-4汽船の増加(1885~1910年)
表6-5鉄道の発達(1872~1910年)
表6-6貿易貨物積取比率(1885~1914年)

表7-1財政規模の拡大(1880~1910年)
表7-2綿紡績業における経済力集中(1914年)
表7-3三井・三菱主要部門の利益金(1910~12年3カ年平均)
表7-4農地の所有と耕作規模別戸数(1908,18,28年)
表7-5総需要の推移(1885~1910年)
表7-6国内生産の推移(1885~1910年)
表7-7貿易の推移(商品群別輸出入・収支,1890-94年~1905-09年)

表8-1貿易の構造(1912年)
表8-2対外債務・債権対照表(1914,18年)
表8-3鉱工業等労働者の推移(1914,24,1934年)
図8-1国民総生産の対前年増加率(1887~1939年)
表8-4国際収支と正貨保有高の推移(1913~20年)
表8-5事業新設・拡張計画の動向(1914,18,19年)
表8-6主要品生産量の推移(1913~29年)
表8-7 1920年恐慌の諸指標(1920年各月中の最高・最低値)

表9-1産業別人口構成の国際比較(1920年)
表9-2製造工業の構成の国際比較(1929年)
表9-3鉄鋼業・綿業の国際比較(1910,20,30年代)
表9-4輸出・輸入の構成の国際比較(1925~29年平均)
表9-5経済成長率の国際比較(1880年代~1930年代)
表9-6総需要の拡大(1910-14年~1930-34年)
表9-7消費量の増大(1人当り年間消費量1900年代~1930年代)
表9-8製造工業の構成(1885~1940年)
表9-9貿易の推移(商品群別輸出入・収支,1910-14年~1935-39年)
表9-10労働争議(1914~34年)
表9-11 20世紀資本主義的政策の推移(日本)

表10-1銀行の集中(1915~35年)
表10-2正貨保有高と為替相場(1920年,1925~35年)
表10 3世界恐慌の指標(1929年=100%1930~35年)
表10-4昭和恐慌の指標(1929年-D100%1928~35年)
表10-5小作地率の推移(1903~49年)
表10-6小作争議(1918~40年)

図11-1高橋財政期の経済政策
表11-1軍事費の推移(1928~38年)
表11-2公債発行と日銀券(1932~37年)
表11-3総需要の回復(1930~37年)
表11-4貿易の構造(1935年)
表11 5重化学工業製品の輸入率(1926~36年)
表11-6重化学工業化と軍需(1929~39年)
表11-7財閥の構成と集中度(1937年)
表11-8カルテルの設立(1932年現在)

表12-1主要資源の輸入依存度
表12-2国家総動員法関係勅令(1938~42年)
表12-3戦争経済力の崩壊(1936~44年)
表12-4鉱工業の生産額の順位(1937,42年)
表12 5財閥の構成と集中度(1945年)
表13-1戦争経費の推計(1937~46年)
表13-2集中排除法の適用
表13-3生産の上位3社集中度(1937,50年)
表13-4農地改革の実績

表14-1重要物資の生産設備能力(1937,45年)
表14-2経済復興期の主要経済指標(1934~36年平均=100,1946年)
図14-1戦後インフレーションの推移
表14-3復金融資の比重(1949年3月末現在)
表14-4特需の概要(1950年6月~1955年6月)

表15-1 GNP(名目)の国際比較(1955,70年)
図15-1景気の変動(1953~77年)
表15-2高度経済成長の要因(1955,70年)
表15-3産業別設備投資額(1956~69年度)
表15-4国民総支出構成の国際比較(1955,60,70年)
表15-5産業別就業者の推移(1950,70年)
表15-6製造工業の構成(1950,70年)
表15-7世界貿易の主要シェア(1938,1950~70年)
表15 8貿易の構造(1970年)
表15 9一般会計歳出の目的別構成(1934~36年,1950~2000年)

表16-1成長率の国際比較(1960~87年)
表16-2国民総支出の増加要因(1970~85年)
表16-3主要労働指標の国際比較(1975年=100,1985年)
表16-4為替相場(1973~2011年)
表16 5バブルの指標(1985~95年)

表17-1経済成長率(1985~2000年)
図17-1景気の変動(1981~2001年)
表17-2国内総支出の増減率(1985~2000年)
表17-3貿易の構造(2000年)
表17-4商品特殊分類別輸出の構成(1980~2010年)
表17-5産業別就業者の推移(1980~2000年)
表17-6産業別人口構成の国際比較(2000年)
表17-7製造工業の構成と産業空洞化(1980~2000年)

表18-1国内総支出の増減率(1999~2010年)
図18-1経済指標の推移(1990~2009年)
表18-2労働力の状況(1990~2010年)
図18-2所得格差の拡大(1962~2008年)
表18-3市場の構造変化(1990・2000・2010年)
表18-4貿易の構造(2010年)
図18-3輸入の構成変化(1985・2005年)
表18-5製造業の業種別海外生産比率の推移(1988・1998・2008年度)
表18-6製造業の構成(1990・2000・2009年)
表18-7経済成長率の国際比較(1990・1995・2000~09年)
図18-4資源価格の推移(2001年1月~2011年3月)
表18-8近代3大震災の被害比較
表18-9日本の国際収支(2000・2005~10年)

付録図 金融機関の再編成(2020年5月現在)

三和 良一 (著)
出版社、出典:出版社HP

日本経済史 — 近世から現代まで

まえがき

「失われた10年」,「失われた20年」といわれるような長期的な経済停滞,800兆円を超えた国債発行残高,少子高齢化の急速な進行,さらに東日本大震災からの復興,原子力発電所事故への終わりのない対応といったように,日本経済は数多くの困難な問題に直面している。のちに「バブル経済」と称される1980年代後半に誰が日本経済のこうした現状を予想しただろうか。
このような困難な時期に,過ぎ去った時の流れの自らにとっての意味を探ることにどのような意義があるのだろうか。歴史を学ぶことの大きな効用のひとつは,「現代」を超長期的な時間軸,本書の場合は約400年の中に位置づけることによって,現代を相対化する視点が鍛えられることにある。現代に押しつぶされそうになったとき,綱渡りのような選択の果てにいまがあるという自覚は、いまは変えることができる,未来は与えられるものではなく作り上げていくものであるという意志を喚起してくれるはずである。過去は変えられないが,何度でも学ぶことができる。過去からの選択の連鎖としていまがある限り,未来も選ぶことは可能である。こうして過去を振り返る作業が未来を選択する作業の前提となることを私たちは信じている。

国立社会保障・人口問題研究所の予測(2012年)では2008年の1億2808万人をピークに減少を開始した日本の人口は2060年には8674万人になるという。一方,本書では約400年の日本経済の歩みが取り上げられる。17世紀から記述を始めるのは基層としての「小農社会」の形成と定着を決定的に重視するためである。1600年に約1200万人から1700万人とされていた日本の人口は1721年に3100万人に激増し,18世紀の停滞を経て1873年に3300万人,1975年に1億1194万人と推移した。長期の人口停滞を経験した日本社会も長期的人口減少は知らず,人口動態に関してこれから起こるプロセスが未知の領域であることは明らかである。未知の領域において未来を選ぶためには,「既知」の内実を疑い,私たちそれぞれの作法と言葉で過去を何度も学び直す必要がある。

この400年の間に日本経済史は大小さまざまな「断絶」を経験してきた。幕末開港・明治維新,第2次世界大戦の一角である日中戦争・アジア太平洋戦争の敗戦,占領はその中でもとりわけ大きな断絶であった。しかし一方で本書では明治維新の変革,敗戦と戦後改革という断絶を架橋する「連続」面にも注目する。大小の「連続と断絶」を内包しつつ,約400年にわたる類型的特質を色濃く有した日本経済が約四半世紀の過渡期を経ていま新たな領域に入りつつあるのではないかというのが私たちの実感である。家族,地域,農業,自営業,産業集積など約400年近くにわたって日本経済の類型的特質の内実を構成してきた諸契機がいま正に大きく変容しつつあることを,私たちは日々感じている。その先にどのような未来を展望するのか,私たち一人ひとりに主体的な判断,選択が求められているいま,豊かな過去から学ぶことは重要な実践のひとつであるだろう。

幕末の開国に際して,開くべき「国」の内実と押し寄せる西洋諸国の彼我の格差に驚いた私たちの父祖は,その後キャッチアップのための猛烈な努力を続けることになる。しかし同時に忘れてはならないのは,その努力は近世社会のあり方に大きく規定されていたことである。制度としての「家」と「村」に支えられた小農社会が定着し,諸都市が成熟し,幕藩財政の運営能力が蓄積され,そして豪農,名望家が台頭する。それらが総体としてキャッチアップのための原資となった。彼我との比較の中で自らを強く意識しつつ,「近代日本」は近世社会からの蓄積をもって新たな環境にこぎ出し,この過程で自らを変えると同時に東アジアの政治経済環境をも変容させていった。
「戦前の終わり」,「戦後の始まり」でもあった日中戦争・アジア太平洋戦争の敗戦からの復興も,戦前日本の到達点からの再出発であった。明治期日本では「移植産業」と「在来産業」が相互に影響し合い,相互に変質することによって「複層的発展」のプロセスが定置された。その延長線上に大企業だけでなく,都市においても自営業を核とする中小零細企業が集積するようになり,それらを総動員することによって戦争遂行能力が形成された。戦時期の「遺産」が「遺産」として継承されるためには戦後改革という「断絶」が大きな意味をもち,さらに高度経済成長へと繋がっていった。高度成長期において大きな社会・経済的変化に直面しつつも,「家」,「村」,「地域」は固有の意義を維持し,都市の自営業,中小零細企業の展開が高度成長を支えた。

一方,幕末開港以来のキャッチアップの努力は経済領域にとどまらず,島国である日本を遅れてやって来た「帝国」へと導いた。日本帝国の維持・拡大のための経済的・軍事的営為が最終的に総力戦を結果することになり,日中戦争・アジア太平洋戦争の敗戦によって地理的にはほぼ明治維新期に回帰した日本は,戦後中国抜きの「入亜」を果たし,高度成長末期に中国との国交を回復する。
本論部分を構成する6つの章では以上のプロセスが詳述されている。読者諸賢のそれぞれの過去に学ぶ作業に本書が何かしらの材料を提供することができるなら,筆者としてこれに勝る喜びはない。

私たちは約10年前からほぼ毎年2回の会合をもって本書の骨格を議論してきた。議論を踏まえて原稿を書き進み,その原稿を持ち寄ってふたたび検討するということを繰り返した。有斐閣書籍編集第2部の藤田裕子さんと得地道代さんはこの間のすべての会合に出席して下さり,しばしば脱線、混線する私たちの議論につきあって下さった。おふたりの励ましがなければここまでたどり着けなかったに違いない。おふたりと一緒に仕事ができたことに衷心より感謝しつつ,両氏のご尽力に厚くお礼申し上げたい。
最後に,執筆分担であるが,「プロローグ」,第1~3章を谷本が,第4~6章,「エピローグ」を沢井が担当した。

2016年10月
沢井実・谷本雅之

沢井 実 (著), 谷本 雅之 (著)
出版社 : 有斐閣 (2016/12/21)、出典:出版社HP

目次

プロローグ 日本の経済発展とその歴史的前提
1 経済発展とその類型的特質
2 近世経済の歴史的前提
統一政権の誕生
東アジアの国際環境と対外経済関係
開放的対外経済関係の遺産
参考文献

第1章 「近世経済」の成立と展開 1600~1800年
第1節 小農社会の成立
1近世社会の制度的基盤
石高制
兵農分離
農村在住者にとっての検地
2 小農経営の形成と定着
耕地拡大
人口の動態
家族形態
小農経営の生産力
3 制度としての「家」と「村」
村の成立と「村請制」
「家」と「村」の定着

第2節 幕府と大名——領主の経済
1 「投資」から消費へ――領主需要の構造変化
軍役負担と都市建設
領主需要と初期豪商
軍役から城下町での消費へ
貿易統制と市場インフラの整備
2 幕藩財政の構造と貨幣制度
幕藩財政の支出構造
歳入の構造
貨幣高権の確立と貨幣制度
貨幣改鋳と藩札発行

第3節 都市経済と民間社会
年貢賦課率と農業生産
都市の成熟――民間都市消費の時代へ
都市の商業機能の発展
大坂の物資集散機能
消費パターンの拡散
生産地の拡散と技術普及

第4節 幕府・諸大名の対応
幕府の年貢増徴策
構造的低米価問題
「倹約」と外部資金の導入

第5節 18世紀の農村経済
成長の限界?
金肥と農業発展
人口停滞の要因と論理
参考文献

第2章 移行期の日本経済 1800~1885年
第1節 農村市場の拡大と生産地間の競争
1 市場拡大と産業展開
市場の拡大――都市から農村へ
産業展開の深化
農業発展
2 流通機構の多様化
新たな流通主体の登場
仲間組織
3 「複層的」経済発展の源流
小農経営と産業
幕府財政の対応
大名財政と「専売制」
第2節 開港の経済的インパクト
1 「自由貿易」体制下の商業活動
開港と国際関係秩序の改編
居留地貿易の特質
日本側商人の対応——売込商と引取商
2 貿易と産業
貿易の効果
繊維品の輸入と在来綿業
輸出産業——生糸の場合
第3節 維新政府の制度改革と経済政策
1 開港後のマクロ経済変動
開港の貨幣的インパクト
維新期の財政政策
2 維新政府の制度改革
廃藩置県と秩禄処分
地租改正
3 殖産興業政策の展開と帰結
官営事業と産業移植
民間事業への関与
特質と帰結
政策の効果
4 財政金融とマクロ経済変動
大隈財政とインフレーション
松方デフレーションへ
第4節 移行期における地域社会の形成
1 近世後期における「地域社会」の形成
豪農の成長と特質
領主財政と豪農
村の連合と地域社会の形成
2 制度改革と地域社会
土地制度の改革と村
地方自治制度の成立
名望家と有産者秩序の形成
参考文献

第3章 「産業革命」と「在来的経済発展」 1885~1914年
第1節 経済成長と複層的発展
1 経済成長と産業
2 二重構造と複層的発展
第2節 生産組織の選択と技術
1 欧米型生産モデルの移植
機械制紡績業の場合
製鉄と造船
2 適正技術と生産組織
製糸業と鉱山業
規模拡大の論理
3 分散型生産組織と産地・集積158
分散型生産組織の展開(158)産地形成と集積(161)4生産組織としての地主制162
農業発展と技術(162)地主制の形成(164)小作契約と農業生産(166)
第3節資本と労働――その存在形態と動員
1 資本の源泉と動員
大規模経営の資金調達とその源泉
投資家の類型
投資動機とリスク負担
金融機構の機能
投資家社会の成立と機能
2 労働——その存在形態と供給構造
農家世帯と労働力
女性労働の供給
男性労働の就業構造
非農業就業世帯の再生産
消費構造の経路依存性
第4節 産業発展とインフラストラクチャー
1 輸送手段の発展
鉄道網の延伸
海運業における内航と外航
2 通信と流通
情報通信網の整備
流通機構
貿易商の成長
第5節 政府とマクロ経済運営
1 経済成長の段階的変化
2 財政政策と戦後経営
民力休養期
日清戦後経営
日露戦後期
第6節 国際経済関係
1 明治維新後の国際関係と貿易
2 産業化の中での国際経済関係
対アジア貿易の伸長
植民地・勢力圏の形成
資本の輸出入と移民
第7節 場としての地域社会
1 地方自治体の成立と財政運営
経済発展の地理的分布
地方自治体の制度的基盤
地方財政の位置
2 地域社会と資産家・名望家
主体としての「地域」
投資行動と地域
担い手としての資産家・名望家
日露戦後の変容――地方改良運動と都市化
参考文献

第4章 戦間期の日本経済 1914~1936年
第1節 国際経済関係とマクロ経済
1 第1次世界大戦期
大戦ブーム
バブル経済から1920年恐慌へ
2 1920年代
長期の景気低迷
在外正貨の枯渇と金融恐慌
3 1930年代
昭和恐慌
高橋財政の展開
第2節 経済政策の展開
1 政策決定の特質
政治家の魂をもった官僚
調査会・審議会システムの登場
2 積極的大陸政策と経済総動員の衝撃
中国大陸への積極的進出と西原借款
総動員体制構築への準備
3 社会・経済政策の展開
工場法の制定
労働争議調停法と小作調停法
重化学工業の保護育成
4 産業合理化政策の登場
臨時産業合理局の設置と重要産業統制法
日本製鉄の誕生
第3節 産業発展の諸条件
1 技術導入と研究開発
技術移転
研究開発体制の整備
2 経営管理・生産管理の進展
科学的管理法の導入
繊維産業の生産・工場管理
3 専門経営者と企業者の役割
企業統治の諸類型
専門経営者の進出
4 産業集積の諸類型
産業集積を支える商業集積
都市「小経営」と分散型生産組織
地方工業都市の成長と産地の盛衰
5 対外投資の展開
第4節 労働市場の構造と教育体系の整備
1 労働市場の構造
男子労働市場の三層構成
企業規模と熟練形成
2 労働移動と独立開業
労働需給の動向
「下層社会」からの離脱と旺盛な独立開業
松下幸之助の事例
3 工業教育の体系と企業組織の学歴主義的構造
高等工業教育機関の整備
工業学校の増加と夜間の工業教育機関
企業組織の学歴主義的構造
技術者を支える現場組織
4 労働運動の展開と労使関係理念の変遷
日本労働総同盟の成長と労働戦線の分裂
社会大衆党の躍進
労資協調主義と工場委員会
第5節 金融構造の変化と企業金融
1 金融構造の変化
「重層的金融構造」と銀行破綻
金融恐慌の勃発
安定した金融システムの確立に向けた取り組み
2 直接金融と間接金融
企業金融の動向と株主の法人化
社債発行
第6節 変貌する都市と農村
1 「大大阪」・「大東京」の成立とマスメディアの発達
巨大都市の成立と核家族の形成
新聞・ラジオの普及
早すぎる「大衆社会」状況の出現
2 工場街・郊外住宅地の形成と都市間電車の発達
工場街の形成と公設市場の開設
都市交通ネットワークの発達
3 商品作物の生産と農家・農村の姿
商業的農業の展開
金肥使用の増加と土地利回りの低下
小作争議の展開と日本農業の強靱性
4 農業恐慌の政治経済史
米価政策と農業恐慌対策
農村不況と政治的危機
「名望家」秩序の揺らぎ
満洲農業移民
5 農村工業の諸相
大河内正敏と農村工業
海軍工廠と商工省の地方工業振興策
6 行政サービスをめぐる地方政府間競争
財政における地方と中央
大都市の行政サービス
第7節 植民地経済の変化
1 概観
2 日本帝国の貿易構造
3 台湾・朝鮮・樺太
4 関東州・満洲と南洋群島
参考文献

第5章 日本経済の連続と断絶 1937~1954年
第1節 統制経済・「計画経済」から市場経済への復帰
1 経済総動員体制の構築と弛緩
経済総動員体制の構築
新体制運動の展開と統制会,軍工業会
2 戦後経済改革と市場経済への復帰
戦後経済改革
戦後インフレーションと「傾斜生産」
ドッジ・ライン
市場経済への復帰と所得分配の平等化
3 朝鮮戦争ブーム
朝鮮戦争の勃発
朝鮮戦争ブームの到来
4 日本経済の自立と産業合理化政策の展開
第2節 産業構造・財閥・企業組織の変遷
1 戦時「機械工業化」の進展と軍需産業の解体
産業構造の機械工業化
軍需から民需に基盤を置いた産業構造への転換
2 財閥の拡大・再編・解体と独占禁止法の制定
財閥の拡大・再編
財閥解体
独禁法と集排法の制定
3 企業集団の形成と企業統治の安定
課題としての安定株主の確保
企業集団の形成
専門経営者の地位強化
4 戦時下における企業グループの拡大と下請生産の進展
企業グループの拡大・再編
下請生産の拡大
5 企業組織の弛緩と再構築
企業組織の再構築
工場診断の普及
第3節 労使関係の変化と「日本型雇用システム」の成立
1 労働統制の深化と労使関係
労働統制の拡大深化
「勤労者」概念の登場と工職間格差の縮小
社会保障制度の整備と国民徴用
2 労働改革と戦後労働運動の高揚
労働改革
労働組合の結成と労働運動の展開
3 「日本型雇用システム」の成立と限界
労働争議の敗北と「企業別組合」の定着
「日本型雇用システム」の限界
第4節 財政・金融システム
1 財政の膨張と税制改革
戦時財政の膨張
租税増徴と税制改革
2 シャウプ税制とその修正
シャウプ税制の狙い
シャウプ税制の修正と財政支出の動向
3 間接金融の優位
4 戦後復興期の企業金融
第5節 科学技術と教育システムの変化
1 科学技術の戦時動員と軍民転換
科学技術の動員
共同研究の盛行
科学技術の「復員」プロセス
「生産の中に科学」を
2 技術導入と自主開発
3 「大日本帝国」の教育システム
高等工業教育機関の拡充
「外地」の高等工業教育機関
4 新制工業教育の発足
新制大学のスタート
工学教育に対する産業界の要望
第6節 戦中・戦後の都市と農村
1 食糧政策の変遷と農地改革
戦中・戦後の食糧政策
戦時農地政策と農地改革
2 国民生活の窮乏
3 戦中・戦後の都市と農村
第7節 「大東亜共栄圏」の経済的帰結とアジアからの強制的「離脱」
1 「大東亜共栄圏」の経済実態
2 「大東亜共栄圏」の経済的帰結
「大東亜共栄圏」の通貨システム
「大東亜共栄圏」の経済的帰結
3 対アジア経済関係の推移
対外的経済関係の変遷
国際社会への復帰
参考文献

第6章 高度経済成長 1955~1972年
第1節 高度成長を可能にした国際的条件
1 高度成長——概観
2 貿易為替・外資の自由化とアメリカ
IMF・GATT加盟
貿易為替・外資の自由化
3 戦後賠償の実施とアジア市場への復帰
戦後賠償の道のり
東アジア諸国との国交回復
4 エネルギー革命の進展
エネルギー政策の転換
原油輸入の著増
第2節 マクロ経済運営と分野別経済政策
1 マクロ経済運営の諸原則
「国際収支の天井」の制約
均衡財政原則と人為的低金利政策
2 経済計画の立案
長期経済計画の設定と「所得倍増計画」
特振法の挫折
3 個別産業政策の展開
産業政策とは何か
機械工業振興臨時措置法の政策効果
第3節 産業発展と技術革新
1 産業構造の「機械工業化」と「高度化」
産業構造の「機械工業化」の再進展
産業構造の高度化と軽機械工業の意義
2 技術導入と国内の研究開発体制
技術導入と行政指導
ナショナル・イノベーション・システムの整備
3 労働者・技術者の供給と養成
労働者の供給構造
新規中高卒者の需給調整
技術者の供給
企業内養成制度とOJT
4 経済成長と「日本型雇用制度」の相補性
「日本型雇用制度」の特徴
職務給導入の試み
第4節 変貌する中小企業
1 中小企業政策の展開
中小企業政策のツール
中小企業基本法の政策理念
2 サプライヤ・システムの進化
下請関係の長期継続化
電子・電気機械産業のサプライヤ・システム
3 増大する独立開業と産業集積
旺盛な独立開業と小零細企業の経営構造
拡大するさまざまな産業集積
第5節 財政・金融システム
1財政と財政投融資
公債依存度の抑制と財政支出
社会資本の充実,所得再分配および国防支出
特別会計と財政投融資
2 規制された金融システム
資金運用の実態
資金調達・金融機関への規制
3 メインバンク・システムと企業集団
メインバンク・システムの拡大
企業集団の役割
第6節 農業と家族の変貌
1 農業の技術進歩と機械化
農業の技術進歩
農業の機械化
2 農業基本法下の農業と農村
農業基本法の狙い
専業農家の減少と第2種兼業農家の増加
庄内地方における農家経営の事例
農村社会の変貌
3 社会保障と企業内福利厚生
社会保障制度
年金と退職金
企業内福利厚生
4 核家族の急増と住宅問題
核家族の急増と耐久消費財需要の高まり
住宅問題
5 非農林業部門自営業の強靭性
第7節 高度成長のバランスシート
1 所得分配と教育水準の向上
所得分配の平等化
高校・大学進学率の上昇
2 零細小売業の強靭性と流通構造の変容
零細小売業の強靭性とスーパーの台頭
流通構造の変容
流通手段の変化
3 過疎過密と「公害列島」
過疎過密の進展
公害問題の深刻化
参考文献

エピローグ 日本経済の課題
1 石油危機以後の日本経済の歩み
安定成長の持続とバブル経済
1990年代の景気低迷と金融危機
21世紀に入ってからの経済動向と原発事故
長期的経済低迷の諸要因
非正規雇用の増加
2 農業・中小企業の変貌と家族の姿
農業就業者の劇的な減少
新潟県松之山町の事例
非農林業部門における自営業の地滑り的後退
縮小する産業集積
家族の変貌——「単独世帯」・高齢者世帯の増加
3 国家の役割と市民社会
社会保障制度の設計と実態
ナショナル・イノベーション・システムの強化と国家の役割
「市民社会」のいま
4 アジアの中の日本経済,世界の中の日本経済
対外的経済関係の変化
工作機械工業の事例
金融機関の役割
「創造的な仕事」の諸条件
資産としての歴史的経験と主体的選択
参考文献
索引

沢井 実 (著), 谷本 雅之 (著)
出版社 : 有斐閣 (2016/12/21)、出典:出版社HP

日本経済史 (放送大学教材)

まえがき

歴史を学ぶことの意義は,現代に生きる私たちが,あるいは私たちの社会がどのようにして生まれ,育ち,いま長い歴史の流れのなかでどのような位置にあるのかを知ることにある。「歴史を学ぶ意味を以上のようにおさえた上で,本書では、江戸時代から今日にいたる日本経済の発展過程を全15章にわたって概説する。江戸初期以降約400年において,日本の社会経済はどのような足跡を辿ってきたのか、どのような大きな節目があったのか,そして今日私たちはどのような到達点に立っているのか,その結果として私たちの眼前にはいまどのような課題が横たわっているのかを、読者に理解していただくことを目標としている。

全体としては,まず国民所得統計などの基本的な経済データからそれぞれの時代における経済発展の様相を概観した上で,各時代の重要な経済史的トピックスを取り上げ,解説する。そのさいマクロ経済の動きや産業構造,経済制度や経済政策,産業政策の動向とともに,企業や企業組織,企業家の活動,家計と消費,技術と労働などのミクロ経済の側面にも光をあてるよう努めた。
本書を理解するためには,マクロ経済学やミクロ経済学など経済学の理論についてある程度の知識を有していることが望ましいが,まったくこれらを学んだことのない方々も理解できるよう、できるだけ平明な説明を心がけ、またなるべく具体的な資料や事例を紹介しながら,叙述を進めることとした。

なお、本書は2008~11年度の放送大学「日本経済史(08)」の印刷教材として出版された宮本又郎『新版日本経済史』(2008年3月発行)の改訂版で,2012~15年度の放送大学『日本経済史』(’12)の印刷教材して刊行されるものである。改訂にあたっては,高度経済成長以後、すなわち1970年代以降今日までの記述をより充実することにした、そのため第13章と第14章を書き改めたほか,近未来の日本経済のゆくえを論じる第15章については,新たに現代日本経済研究者として令名高い林敏彦同志社大学教授・放送大学客員教授に執筆してもらった。全15章という制約があるため,代わりに,江戸~明治時代については記述を少し簡略化したが,内容には大きな変更を加えていない。
2011年3月11日,未曾有の大地震,巨大津波が東日本を襲った。多くの尊い人命が失われ、生活基盤,産業基盤に甚大な被害が生じた。その上、原子力発電所の事故は日本のみならず世界に大きな衝撃を与えた。日本経済は20世紀末以来長期の不況に苦しみ、混迷の淵をさまよい続けてきた。この間にすっかり体力を消耗した国民の家計,国際競争力にかげりが見え始めた日本の産業,巨額の累積赤字にあえぐ日本の財政,いずれにとっても新たな重い負荷となる。

しかし、私たちは,復旧復興,さらにそれを越えて,新しい日本をつくっていかなければならない。このようなとき,日本社会が長い歴史において、幾度となく困難に直面し,人々の努力によって、危機を切り抜け,その都度,新しい日本を創造してきたことを想起しなければならない。その歴史から私たちは先達の叡智と勇気について多くのことを学ぶことができるはずである。読者の皆さんが,歴史をしっかりと学ぶとともに,それを踏まえて、それぞれに未来について思いを馳せらんことを祈ってやまない。
2011年9月
宮本又郎

宮本 又郎 (著)
出版社 : 放送大学教育振興会; 改訂新版 (2012/3/1)、出典:出版社HP

目次

まえがき 宮本又郎
1日本の経済発展の長期的概観―世界との比較― 宮本又郎
1.統計でみる世界経済の発展過程
2.日本の経済発展概観
3.日本の人口変動と経済の長期波動

2江戸時代の経済と社会 宮本又郎
1.江戸時代の評価
2.17世紀の経済発展
3.江戸中期の経済(享保~文化期=1716~1817年)
4.文政期~開港・明治維新へ(1818~67年)

3幕末開港・明治維新から近代経済成長へ 宮本又郎
1.幕末開港とその影響
2.明治維新と制度改革
3.第一次世界大戦以前における経済成長
4.貿易と国際関係

4近代化の進展と伝統的要素 阿部武司
1.日本の工業化と在来産業
2.在来産業の展開
3.新在来産業について
4.在来産業と近代産業の共存

5産業革命 中林真幸
1.近代的な生産技術の移転と普及
2.金融市場と労働市場
3.近代資本主義の組織

6戦間期における長期不況とその克服 阿部武司
1.第一次世界大戦の好況
2.1920年代の慢性不況
3.昭和恐慌からの脱出
4.二重構造

7戦間期の産業と企業 宮本又郎
1.産業構造の変化
2.大企業体制の成立
3.都市型ビジネスの台頭

8経済発展の担い手―企業組織と企業家― 宮本又郎
1.株式会社制度の発達
2.明治期株式会社の特質
3.財閥と会社制度

9戦前日本の技術発展 沢井実
1.技術者の供給
2.研究開発体制の進展
3.労使関係の変化

10戦時統制経済と戦後改革 沢井実
1.戦時期の日本経済
2.戦後経済改革と市場経済への復帰
3.高度成長への離陸

11高度経済成長 宮本又郎
1.高度経済成長の時代
2.高度経済成長の要因
3.高度経済成長の帰結
4.高度成長から安定成長へ

12技術革新と労働の変化 沢井実
1.科学技術政策の展開と研究開発体制の動向
2.技術革新の進展
3.高度成長期における労働の変化

13世界経済の統合と日本経済 中林真幸
1.国際的相互依存の深化と安定成長
2.製造業大企業の成熟
3.多様化する企業統治と労働市場

14日本企業の成熟と金融制度改革 中林真幸
1.金融制度改革の始まり
2.バブルの発生と崩壊
3.金融制度改革の完了

15日本経済のゆくえ 林敏彦
1.はじめに
2.未来予測は可能か
3.人口と経済発展
4.日本の将来人口予測
5.人口減少は止められるか
6.国民総幸福が目標か
7.3つの道
8.エピローグ

索引

宮本 又郎 (著)
出版社 : 放送大学教育振興会; 改訂新版 (2012/3/1)、出典:出版社HP

日本経済史 (MINERVAスタートアップ経済学)

はしがき

本書は,これから経済学を学ぼうとする大学初年度の学生を主な対象として,企画された「MINERVAスタートアップ経済学」のテキストシリーズのうち,「日本経済史」をテーマに,先陣を切って発刊された概説書である。
本書は,近世から近代,そして21世紀を迎えた現代までの約400年にわたる日本経済の歴史について、わかりやすく解説することを念頭において作成されている。「これから歴史を本格的に勉強しよう」とする大学生,「もう一度日本史を学びなおしてみたい」という方々に最適のテキストにしようという願いからである。

内容は、高等学校の歴史学習からの橋渡しだけでなく,経済史としての学習のスタートとなるよう意識した。それゆえ,歴史を歴史そのものとしてだけでなく,現在の日本経済や世界経済の動き,企業経営の動きと関連づけながら知識を習得できるように、学ぶべきポイントを整理している。それだけでなく,グローバリゼーションの動きにも対応して、単に「一国の歴史」としてふり返るのではなく、世界各国との関わりの中で,「世界の中の日本」という視点から歴史をふり返り、今の日本を考える題材にできるように議論を展開してきた。その範囲は、幕末開港,居留地貿易,植民地経営,貨幣制度や国際貿易,第二次世界大戦に至るまでの国際環境の変化にまで及ぶ。そして,戦後における国際社会への復帰の過程への言及など,国際関係にも幅広く視野を広げてトピックを取り上げた。

本書は,400年という長い時間軸において日本経済の動向を取り上げるため、3部,12章で構成されている。第1部「近世から近代へ」では、江戸時代から第一次世界大戦開戦(1914年)に至るまでの約300年の日本経済の在り方について論じている。まず江戸時代の約250年間を,のちの近代的な経済発展を達成する「日本経済」形成の基礎として位置づけ,近代日本が,明治政府の経済み策を通じて産業化を推し進め、日清戦争・日露戦争へと向かい、その後に財形問題に直面していく姿を描く。第II部「近代日本の成長」では,1914年の管次世界大戦開戦から1945年の太平洋戦争終戦までの約30年間の日本経済のあり方について論じている。第一次世界大戦開戦によって生じた「大戦ブーム期」で急成長を遂げた日本経済は,重化学工業を中心に産業や貿易を飛躍的に拡大させていく中で、対中国問題を抱えつつ国際協調を模索する時期を迎える。この問題は,昭和恐慌や満州事変,そして軍部台頭と連動しつつ,第二次世界大戦へと繋がっていく。

一方で、大正モダニズムに代表される大衆化が一気に花開いたことにも注目する。第II部「戦後復興と現代」では,1945年8月の敗戦から現代にかけての約70年間の日本経済の復興・成長過程を描いている。敗戦後,ドッジ・ラインにより財政基盤が安定し朝鮮戦争によって飛躍するきっかけをつかんだ日本経済は,高度経済成長期からオイルショックを迎えるまでの間に,短期間でアメリカに次ぐ世界第2位の経済規模を誇る経済大国へと発展していった。しかし,プラザ合意からのバブル経済,そしてその崩壊が,長さにわたる経済的停滞をもたらした。

本書は400年の日本経済の動向について、各部,各章において重要なポイントをおさえるよう心掛けた。それぞれの執筆者が、過去と現在との間について連続的な視野にたち、金融・財政政策のみならず,経済発展の担い手たる生業・企業の具体的な事例にも,細やかに目を配りながら、国際関係にもできる限り対応すべく論述してきた。

それゆえ,本書の構想や時代区分・章立て、あるいは各章の間をいかにして繋ぐかについては,執筆者メンバーと定期的に研究会を実施して,議論を重ねてきた。同じ日本経済史を専門としながらも、産業・貿易・国際問題をめぐっての考え方は、当然見解が分かれた。しかし、この議論を丁寧に重ねたことで,本書は、学生たちに歴史像をわかりやすく伝えるものになったと確信する。なお、各時代で注目すべき歴史的トピックなどについて、コラムとして紹介している章もある。必ずや今を知る上での貴重な道標となるであろう。

最後になるが,本書執筆にあたっては、ミネルヴァ書房編集部の各位に大変お世話になった。とくに,編集をご担当頂いた堀川健太郎氏には,本書の企画段階から有効なご指摘・ご提案を頂いただけでなく,執筆メンバーの研究会にすべて出席頂き,本書の方向性が定まっていくよう力を尽くしてくださった。各章の取りまとめに戸惑った際にも,堀川氏の「大学生たちにとって良いテキストにしましょう!」という励ましの言葉によって,何度救われたかわからない。ここに改めてお礼を申し上げたい。
本書を通じて、読者の方々が,日本経済を知る上での歴史認識を深め、少しでも興味を抱くようになっていただければ幸いである。

2017年3月
石井里枝・橋口勝利

石井里枝 (編集), 橋口勝利 (編集)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2017/4/30)、出典:出版社HP

目次

はしがき
序章 日本経済史を学ぶ
第I部 近世から近代へ
第1章 江戸時代経済の展開
1 江戸時代経済を知るために
2 江戸時代経済の仕組み
3 250年間の展開
4 緩やかな発展の成果と限界

第2章 江戸の終焉と新たな経済秩序の模索
1 開港と居留地貿易
2 幕末の経済危機と幕府の対応
3 維新政府の財政改革と近代産業の黎明
4 大隈財政と産業振興
5 インフレーションの激化と政策転換
Column
①外資の排除と炭鉱経営——高島炭鉱問題とその帰結
②近代製糸業の勃興——富岡製糸場の挑戦

第3章 近代産業の発達
1 松方財政の展開と経済財政政策
2 官有物払下げと民間企業の発展
3 企業設立ブームと近代産業の発達
4 鉄道業の発達
5 近代企業の発展と会社制度の発達

第4章 日清・日露戦争と日本経済
1 日清戦争の開戦と日本
2 日清戦争の勝利と国際秩序の変化
3 日清戦後経営
4 金本位制の確立と条約の改正
5 日露戦争の開戦と日本経済
6 日露戦後経営と日本経済

第II部 近代日本の成長
第5章 第一次世界大戦と輸出ブーム
1 欧州大戦の勃発
2 貿易の拡大
3 輸出関連産業の発達
4 輸入代替と内需向け産業の発達
5 社会の変化
6 大戦の遺産と宿題

第6章 恐慌と生活様式の変容
1 バブル崩壊震災
2 震災
3 金融恐慌
4 経済成長
5 モダンライフ
Column
③地下鉄の誕生

第7章 満州事変と景気回復
1 日本の国際環境
2 井上財政と金本位制復帰
3 昭和恐慌と2つの誤算
4 高橋財政と景気回復
5 産業構造の変化
6 貿易摩擦と日本の孤立
7 高橋財政の限界
Column
④「金解禁」と井上準之助

第8章 戦時統制経済とアジア・太平洋戦争
1 日本の国際環境
2 統制経済の拡大
3 アジア・太平洋戦争と日本経済
4 大東亜共栄圏とアジア諸国
5 国民の暮らし6敗戦
Column
⑤ポツダム宣言と現代日本

第Ⅲ部 戦後復興と現代
第9章 戦後経済改革と経済復興
1 終戦時の日本経済
2 連合国による占領と経済民主化政策
3 終戦直後の経済政策インフレーションと生産復興
4 ドッジ・ラインと日本の国際社会への復帰
5 高度経済成長前夜の日本経済
Column
⑥終戦直後の国民生活と大衆消費社会の復興
⑦ブレトンウッズ体制
⑧戦後電力再編と9電力体制

第10章 高度成長と消費社会の成立
1 内需主導の経済成長とマクロ経済政策
2 重化学工業化と国際競争力の構築
3 生活革命と洋風化
4 小売企業の成長と流通革命
5 消費単位としての家族
Column
⑨対立から協調へ――労使関係を転換させた三池争議
⑩貿易・為替の自由化と資本自由化

第11章 貿易摩擦と「経済大国」化
1 国際経済環境の大きな変化
2 日本の産業発展と構造変化
3 貿易摩擦とプラザ合意
4 「経済大国」日本
Column
⑪日本的経営の評価
⑫プラザ合意

第12章 バブル経済とその後
1 国際環境
2 バブルの形成と崩壊
3 課題に直面した日本経済
4 21世紀の国際経済と日本
Column
⑬繰り返されるバブル

終章 現代日本経済の課題
1 通史としての日本経済史
2 現代日本への道筋
3 現代日本を考えるために
4 現代日本の課題
引用文献
索引

石井里枝 (編集), 橋口勝利 (編集)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2017/4/30)、出典:出版社HP

序章 日本経済中を学ぶ

2016年8月5日から21日までの日程で,第31回夏季オリンピックが、ブラジルのリオデジャネイロにおいて開催された。南アメリカ大陸で初の開催となったこのリオ五輪であったが、連日の日本選手の活躍,メダル獲得のニュースは皆さんの記憶にも新しいことであろう。4年後の2020年夏には東京での夏季オリンピックの開催が予定されており、日本でもオリンピック・ムードが漂いはじめ、社会・経済への影響が少しずつ顔を見せはじめている。とはいえ,リオ五輪とは違い、東京五輪は実は初めての開催ではない。今から半世紀以上前の1964年10月にも第18回夏季オリンピック(東京オリンピック)が開かれており,93の国・地域から,5,000人以上の選手が参加して競技を行ったのであった。ではこの頃の日本は,どのような経済状況にあったのであろうか。よく知られているように,日本では1950年代後半からいわゆる高度成長の時代にあった。

詳しくは本書第10章でも述べるが,1950年代後半から1973年までの間の実質経済成長率は年平均9%を超え,高度成長期を通じて日本は世界第2位の経済大国へと大きく成長していった。50余年前の最初の東京オリンピックは、まさに高度成長のさなかにおいて開催されたのであった。また、オリンピック開催に向けて東京を中心としてインフラの整備も進んだ。国立競技場などの競技施設や東海道新幹線,首都高速道路,名神高速道路,東京国際空港(羽田空港)など日本国内の交通網の整備に多額の建設資金が投入され,整備・開発が行われた。さらに、高度成長を通じてみられた国民の消費生活の質的向上は、オリンビックの際にも旅行需要の増加やカラーテレビ受像機の需要増加などのかたちにあらわれた。

石井里枝 (編集), 橋口勝利 (編集)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2017/4/30)、出典:出版社HP