3章 – 本章のポイント4(自由貿易)
比較優位の原則は、人間だけでなく国にも適用できるのである。なぜなら国もまた、労働力、資本、技術、天然資源といった限られた資源をどの産業に配分するかという「選択」を常に迫られており、その選択には必ず機会費用が伴うからである。ゆえに、国同士であっても「どちらが何を絶対的に上手に作れるか」ではなく、「何を作るときに失うものが小さいか」、すなわち比較優位によって分業の方向が定まるのである。
国が比較優位を持つ分野は、賃金水準や資本装備率、教育水準、技術力、資源賦存、産業集積、制度やインフラなどによって形作られる。たとえば、労働力が豊富で賃金が相対的に低い国は労働集約的な財に比較優位を持ちやすく、資本や高度技術が蓄積された国は資本・技術集約的な財に比較優位を持ちやすい。このように比較優位は「単に得意だから」ではなく、国内の資源条件と代替関係が生む相対的な優位として理解されるべきである。
自由貿易が支持される理由は、この比較優位に基づく国際分業が、世界全体の資源配分をより効率的にし、各国がより多くの財・サービスを消費できる可能性を広げるからである。各国が比較優位のある産業に生産資源を集中させ、比較劣位の財は輸入によって調達すれば、同じ世界の総資源から生み出される総産出が増える。総産出が増えるということは、交易条件や国内分配のあり方次第で、各国が自国だけで生産するときより高い生活水準を実現し得ることを意味するのである。これは「貿易はゼロサムではなく、条件が整えばプラスサムになり得る」という主張の理論的基礎である。
また、自由貿易は静学的な利益だけでなく、動学的な利益も生み得る。市場が拡大すれば規模の経済が働きやすくなり、競争圧力によって企業の効率化や技術革新が促される。さらに、資本財や中間財の輸入が可能になれば、生産性の高い技術や部品を取り込めるため、国内産業の生産性向上にもつながり得る。経済学者が自由貿易を支持しやすいのは、比較優位に基づく分業がこうした複数の経路で厚生改善をもたらし得ると考えるからである。
ただし、ここで注意すべき点もある。自由貿易は国全体としての所得を押し上げ得る一方で、産業転換の過程で特定の産業や地域、技能層が短期的に損失を被ることがあり得る。ゆえに「自由貿易は常に誰にとっても得である」と断言するのではなく、「国全体として得をし得るが、分配面の調整が重要である」と理解するのが適切である。それでも、比較優位の原則が国家間にも成立し得る以上、自由貿易が厚生を高める潜在力を持つという点は、経済学における中心的な結論なのである。