2章 – 本章のポイント3(記述的命題と規範的命題)
「記述的命題」と「規範的命題」は、同じ“主張”に見えても性質がまったく違う概念である。経済学を学ぶうえでは、この二つを区別できることが重要である。なぜなら、何が事実の説明で、何が価値判断を含む提案なのかを混同すると、議論がすれ違うからである。
記述的命題とは何か
記述的命題とは、現実が実際にどうなっているか、あるいはある政策や出来事が何を引き起こすかを説明しようとする主張である。要するに「事実」や「因果関係」について述べる命題である。
例を挙げると、
- 「消費税率を上げると、短期的には消費支出が減りやすい」
- 「最低賃金を引き上げると、企業の人件費負担が増える」
- 「インフレ率が高い局面では、名目金利が上がりやすい」
といった形の主張が記述的命題に当たる。
このタイプの主張は、データ(統計)や観察事実、理論モデルの整合性、実証分析などによって、正しいか誤りかを検証できる。つまり、科学的方法の対象となるのである。もちろん、現実は複雑なので結論が常に一意に決まるとは限らないが、少なくとも「検証しようとする枠組み」が成立する点が特徴である。
規範的命題とは何か
規範的命題とは、現実がどうあるべきか、何を選ぶのが望ましいかを主張する命題である。ここでは「望ましい」「公平だ」「許されるべきだ」といった評価が入り込み、単なる事実の説明にとどまらない。
例としては、
- 「消費税は逆進的だから引き上げるべきではない」
- 「貧困対策として最低賃金を引き上げるべきだ」
- 「格差を是正するために累進課税を強めるべきだ」
のような主張である。
これらは、事実関係だけでは決着しない。なぜなら「逆進的である」という事実を認めたとしても、それを理由に「上げるべきではない」と結論するには、どの価値を重視するか(公平性、効率性、成長、自由、弱者保護など)という判断が必要になるからである。つまり、規範的命題は価値判断を含むのである。
なぜ規範的命題は科学だけで決められないのか
記述的命題は「そうなるか、ならないか」をデータで争える。一方、規範的命題は「そうなったとして、どう評価するか」を含む。評価は人によって基準が異なる。
たとえば、ある政策が
景気を良くするが格差を広げる
という結果をもたらすとする。このとき、
成長を優先する人は「望ましい」と言うかもしれない。
格差是正を優先する人は「望ましくない」と言うかもしれない。
ここでは、同じ事実認識から出発しても、価値判断が違えば結論が割れるのである。したがって規範的命題は、科学的方法だけでは「正解」を決めきれない性質を持つ。
経済学者が規範的命題を述べるときの立場
経済学者は本来、科学者としては記述的命題を中心に扱う。つまり、
- ある政策がどんな効果を持つか
- どんな副作用がありうるか
- どの条件ならうまくいくか
を、理論とデータに基づいて分析するのである。
しかし、現実社会では「分析結果を踏まえて何をすべきか」を求められる場面が多い。そこで経済学者が「この政策を採るべきだ」と言うとき、彼らは純粋な科学者というより、政策アドバイザーとして行動していることになる。政策アドバイザーは、記述的分析(結果の見通し)に加えて、社会が重視すべき価値や目的を前提に置き、意思決定を助ける役割を担うからである。
重要なのは、ここで経済学者が勝手に価値観を押し付けるのが望ましいという意味ではない点である。むしろ、良い政策助言とは、
- 事実(記述)として何が起きるかを明確にし、
- そのうえで「何を優先するならこの選択が妥当だ」と、価値判断の前提をはっきり示す、
という形になるべきである。