2章 – 本章のポイント1(経済学者は、科学者の客観性をもって取り込む)
経済学者は、世の中で起きている複雑な出来事を、そのまま全部「丸ごと」扱おうとはしない。現実は情報も要因も多すぎて、何が本質なのかが見えにくくなるからである。そこで科学者としての態度――つまり、観察・推論・検証ができる形に整える態度――をとり、目的に合った仮定を置いて、単純化されたモデルをつくる。そのモデルを使って「何が原因で、何が結果か」「どこに制約があるか」「どういうトレードオフがあるか」を整理し、世界の理解を進めるのである。
このとき重要なのは、仮定は「適当に現実を曲げるため」ではなく、「考えたい論点だけを取り出すため」に置かれるという点である。たとえば、細かな例外や特殊事情をいったん脇に置いて、「まずは基本の仕組み」をつかむ。そのうえで、必要に応じて仮定を緩めたり、要因を追加したりして現実に近づけていく。こうした単純化されたモデルの代表例が、フロー循環図と生産可能性フロンティアである。
フロー循環図とは何か
フロー循環図は、経済の中で「モノ・サービス」と「お金」がどのように循環しているかを、家計と企業という二つの主体を中心に描いた図である。経済活動は多数の取引の集まりだが、基本構造だけを抜き出すと、主に二つの市場で整理できる。
1) 財・サービス市場(モノを売り買いする場)
企業は財やサービスを生産し、販売する側である。
家計はそれを購入して消費する側である。
家計が支払う代金は、企業にとっての**売上(収入)**になる。
つまり、財・サービス市場では「財・サービスは企業→家計へ」、「お金は家計→企業へ」流れるのである。
2) 生産要素市場(労働や資本を売り買いする場)
企業が生産するには、人の働き(労働)や工場・機械(資本)、土地などの生産要素が必要である。ここでは立場が逆になる。
家計は労働力や資本などの生産要素の持ち主であり、それを提供する側である。
企業はそれを雇ったり借りたりして利用する側である。
企業が家計に支払うのは、賃金・利子・地代・配当などの所得である。
つまり、生産要素市場では「生産要素は家計→企業へ」、「お金(所得)は企業→家計へ」流れるのである。
フロー循環図が教えること
この図のポイントは、経済が一方向の流れではなく、循環として成り立っていることを示す点である。
家計は所得を得て消費し、企業は売上を得て生産要素を購入し、家計はそこからまた所得を得る。こうして経済活動が回っていくのである。さらに言えば、どこかの流れが細れば別の流れにも影響が波及する、という連関も理解しやすくなる。
生産可能性フロンティア(PPF)とは何か
生産可能性フロンティアは、社会が持つ資源(労働力、資本、技術など)が限られているとき、二種類の財をどの組み合わせで生産できるかを示した境界線である。直感的には、「これ以上は無理」という生産の上限を描いた曲線だと考えるとよい。
1) 資源の希少性を見える化する
社会の資源は有限である以上、あらゆる財を好きなだけ作ることはできない。PPFは、その制約を一枚の図で表現する。
曲線の内側は「まだ資源を使い切っていない・効率が悪い可能性がある領域」、曲線の上は「資源をフルに使い、効率的に生産している領域」、曲線の外側は「現在の資源と技術では不可能な領域」を意味するのである。
2) トレードオフを示す
PPFの核心は、一方を増やすと他方を減らさねばならないというトレードオフである。
たとえば「軍事財」と「民生財」、「消費財」と「投資財」、「米」と「小麦」など、二つの財を考えたとき、資源配分を片方に寄せればもう片方の生産能力は下がる。PPFはその関係を可視化する。
3) 機会費用を表す
PPFの傾きは「追加である財を1単位増やすために、もう一方をどれだけ諦める必要があるか」を示す。これが機会費用である。
多くの場合、PPFが外側にふくらむ形(原点に対して凸)になるのは、資源が財ごとに得意不得意を持ち、片方の生産を増やしていくほど「不向きな資源」まで動員せざるを得なくなり、犠牲が大きくなるからである。つまり、機会費用が逓増しやすいのである。
4) 経済成長や技術進歩も表現できる
技術進歩や資本蓄積、労働力増加などで社会の生産能力が高まると、PPFは外側へシフトする。これは「以前は不可能だった組み合わせが可能になる」ことを意味し、経済成長のイメージを直感的に示すのである。