3章 – 本章のポイント3(交易と比較優位)

交易は、人々が比較優位を持つ活動に特化することを可能にするため、全員の経済厚生をより良いものにするのである。

まず比較優位とは、ある財やサービスを生産するときに必要となる機会費用が相対的に低いことを意味する概念である。人は限られた時間や労働力、資本といった資源を複数の用途に配分しなければならない以上、何かを多く生産すれば、その分だけ別のものの生産を諦めることになる。この「諦めた分」が機会費用であり、比較優位とはその機会費用の小ささによって決まるのである。

次に、交易がなぜ厚生を高めるのかを考える。もし交易がなければ、人々は自分で必要なものを幅広く生産しようとするため、比較優位の低い分野にも労力を割かざるを得ない。これは、同じ資源を使っても得られる産出が小さくなりやすい、非効率な状態である。これに対して交易が可能になると、人々は自分が比較優位を持つ生産に資源を集中させ、比較劣位の財は他者から購入すればよい。すると社会全体として、各財がより低い機会費用で生産される方向に資源配分が進むため、同じ総資源から得られる総産出が増加するのである。

総産出が増えるということは、分配の仕方によっては全員が以前より多くの財やサービスを消費できる余地が生まれるということである。交易は単に財を「交換」しているだけに見えるが、その本質は交換を通じて分業を促し、資源の使い方をより効率的にする点にある。結果として、生産可能性が拡大し、生活水準が高まる。これが交易が経済厚生を改善すると言われる理由である。

ただし、交易は社会全体のパイを大きくする一方で、短期的には産業構造の変化により不利益を被る主体が生じ得る。ゆえに「全員が必ず同じように得をする」とは限らない。しかし、交易によって生まれる利益が存在し、それを適切に再分配し得るならば、社会全体としてはより高い厚生を実現できるのである。